極私的ベスト2013・書籍篇


2013年が暮れていきます。
年の瀬の座興、極私的ベスト2013・書籍篇を発表します。
大掃除や年越しの準備にお忙しいことと思います。
お手すきのひとときにお楽しみください。
「デジタルノート」初出記事をリンクしました。
ご興味の向きは下線部をクリックしてお読みください。



第1位 伊藤和夫『英文解釈教室・改訂版』(1977初版/1997) 8.2


英文解釈教室 改訂版

英文解釈教室 改訂版


英語という建築物を
構造的に眺めるにはどうしたらいいか。
本書の豊富な例題と、執拗なまでの解説で
通読すると柱や梁など英語の基本的構造が理解しやすくなる。


どんないいことがあるか。
伊藤が言う直読直解、すなわち英語を英語のまま理解し、
必要であればその意味を日本語に翻訳することができる技術が向上する。
僕は伊藤が推薦するように二度、通読した。
この本を大学受験生だけのものにしておくのはあまりに惜しい。
英語を精読、多読、速読するための
きわめて有効な方法を本書は教えてくれる。


著者が初めて本格的に書いた英文解釈の参考書を
20年後に全面的に見直した改訂版である。
伊藤は、心血を注いだ改訂版が出版されるのを見届けることなく
この世を去った。
デビュー作であり、遺作である。
そうした出版の背景を知ることがなくとも
名著であることは間違いない。


第2位 岡田英弘『康煕帝の手紙』(1979) 8.1


康煕帝の手紙 (〈清朝史叢書〉)

康煕帝の手紙 (〈清朝史叢書〉)


岡田ら三人のチームが発見した史料、
康煕帝の手紙を当時の手触りを残したまま読ませてくれる。
岡田はモンゴル語を含む14カ国語に堪能である。
学界では不遇であったかと想像する岡田は
新書、文庫で一般読者相手に精力的に執筆を続ける。
本書もその一冊である。


康煕帝が寵愛した息子に晩年どんな運命が訪れたか。
権力と骨肉の争いに平穏はないと知る。
岡田の一連の著作との出会いは2013年の収穫だった。


第3位 谷沢永一『紙つぶて 自作自注最終版』(2005) 8.0


紙つぶて―自作自注最終版

紙つぶて―自作自注最終版


本好き、読書好きにとってこれはなんとうれしい著作だろう。
943頁の本文、27頁の索引を心ゆくまで愉しんだ。
1978年に著者が刊行した『完本・紙つぶて』455篇に
著者自身が自注を付けた書評本の最高峰。
ここに至るまで、当時は出版の当てもなく、
著者は27年の時間を注ぎ込んだ。
読者は谷沢の原曲と変奏曲を同時に味わえることになった。


枕元に置き、就寝までのひととき、
惜しみながら一篇ずつ読んでいった。
人生の、なんと贅沢な時間であろうか。


第4位 大治朋子『アメリカ・メディア・ウォーズージャーナリズムの現在地』
(2013) 7.8



アメリカのメディア界、
とりわけ新聞界でなにが起きているか。
大治はアメリカ駐在の立場を活かして
関係者に詳細なインタビューを繰り返し洞察し報告する。
一見、どん詰まりの絶望的な光景に見えるメディア界に、
調査報道、ファンディング、新組織立ち上げなど
次の潮流が始まっていることを伝える。


日本語に守られた日本のメディア変革が
いかにスローか、あるいは後退しているか思い知る。
秘密保護法案の国会通過で、
変革にさらにブレーキがかかることを僕は畏れる。
一方、毎日新聞に務める大治が
上司、同僚の理解、支援を得て本書を出版できたことを悦ぶ。


第5位 岡田英弘『世界史の誕生ーモンゴルの発展と伝統』
(1992/2011文庫版) 7.7


世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)


モンゴルを中心に世界史を再構築するとどうなるか。
日本の学者にもクレイジーな人がいたものだ。
僕は岡田の、史実の精密な分析による狂気を愛する。


ジンギスカーンが世界制覇を完結していたら、
いまの世界はどうなっていたか。
間違いなくモンゴル語が世界標準語になっていたろう。
言語の広がりは権力の広がりに比例する。
多くの日本人がモンゴル語習得をめざしたろうが、
同じアルタイ語族に属する分、他の語族より有利だったろう。
無論、植民地になっていたに違いはない。


広告の世界で言えば、
カンヌ国際広告祭 (Cannes Festival of Creativity)は
ウランバートル国際広告祭になっていたのだ。


第5位 宮崎市定『中国史』(上・下)再読 (1977) 7.7


中国史 上 (岩波全書 295)

中国史 上 (岩波全書 295)

中国史 下 (岩波全書 303)

中国史 下 (岩波全書 303)


名著とは繰り返し読まれることに耐えうる著作である。
僕にとって宮崎の『中国史』二巻本はそんな名著だ。


宮崎は言う。
火星人が地球を数千年観測して歴史を書いたら、
こんな本になるだろう、と。
なんという大胆な発想。
その発想を、史料を精密に読み込む、
学者としての日々の研鑽が支え裏付けている。


およそ2年ぶりに仕事で中国本土を訪れることになった。
この本は中国をより深く理解するための、
僕の座右の書である。


第5位 児玉誉士夫『児玉誉士夫自伝 悪政・銃声・乱世』(1974) 7.7



田中角栄への関心から児玉にも興味が広がった。
メディアの取り上げ方は相変わらず画一的である。
右翼。大物。ロッキード。裏金。政治工作。
「自伝」だから割り引くとしても、
児玉がそうしたステロタイプの報道通りの人物だったとは
本書を読む限り僕には到底思えない。


ある角度からこの人物を見れば、
純情であり国を愛しており行動的である。
戦後の闇にフタをするだけで
未来が輝くものになる訳もない。


第8位 牧野洋『官報複合体ー権力と一体化する新聞の大罪』(2012) 
7.6


官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪

官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪


今年僕が精力的に参加した石倉洋子先生の
「グローバル・アジェンダセミナー」のゲストスピーカー。
日経新聞からコロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール
(Jスクール)に留学し、現在、フリーランスのジャーナリスト。


大治と同じく、牧野もアメリカ滞在中に精力的に取材を重ねる。
本書は濃密な読み応えがある。
書名は編集者からの要望で、上杉隆の造語「官報複合体」を使った。
内容はスキャンダラスな告発ではなく、
メディアの危機と希望を丹念に書いている。


第8位 風『風の書評』(1980) 7.6


風の書評 (1980年)

風の書評 (1980年)


思ったこと、感じたことを伝える。
プロの書き手にとってはそれは簡単ではない。
書評家であれば、出版界、著者の利権や配慮に絡み取られる。
自由であるはずのペンはあっという間に不自由な武器となる。


筆者・風はそうした世間の風向きに無縁である。
いいものはいい、悪いものは悪いと書く。
意見のすべてに賛成する訳ではないにせよ、
率直な物言いが活字になることを読者として悦ぶ。
反応の賛否両論は当然のことだろう。


第10位 内藤湖南/礪波護責任編集『東洋文化史』(2004) 7.5


東洋文化史 (中公クラシックス)

東洋文化史 (中公クラシックス)


ジャーナリストであり、
後に京大教授に抜擢された内藤の講義をぜひ聴いてみたかった。
講演内容が実に面白い。
内藤は話し言葉の達人だった。
欧米、とりわけアメリカの文化やコミュニケーションが
世界を制覇するいま、東洋に目を向けたい。
価値観がひとつでは心もとない。


しかし、東洋とは日本人にとっても茫漠としている。
中国、韓国を含めた東アジアですら、理解できるかどうか。
内藤の著作は僕たちがあらためて東洋を航海する上で、
羅針盤のひとつになるだろう。


第10位 重光葵『昭和の動乱(上・下)』
(1952/2001文庫版)7.5


昭和の動乱〈上〉 (中公文庫BIBLIO20世紀)

昭和の動乱〈上〉 (中公文庫BIBLIO20世紀)

昭和の動乱〈下〉 (中公文庫BIBLIO20世紀)

昭和の動乱〈下〉 (中公文庫BIBLIO20世紀)


昭和とはどんな時代であったか。
何度も内閣の重臣を務めた重光の著作は、
そうした思索を深める際に貴重な史実を伝える。
この時代になぜ戦乱が続いたのか。
政治家の役割は、昭和天皇の役割は
いかなるものだったのか。
国家としての背骨が揺さぶられるとき、
どうやって日本が持ち堪えたのか。
小学中学高校で日本の歴史について
ワークショップがやれるくらいの自由が僕たちには必要だ。


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2013年の極私的ベスト・書籍篇は
以下のカテゴリー配分になった。


  ドキュメンタリー/歴史 6点
  ドキュメンタリー/メディア 2点
  書評 2点
  参考書(英語) 1点


11点中8点がドキュメンタリーになり、
その過半を歴史書が占めた。
小説、日本人以外の著作がベスト10になかったことも
特筆に値するだろう。


11点のうち2013年の新刊本は1点のみだった。
1位の伊藤和夫『英文解釈教室』は初版から改訂版完成まで20年。
3位の谷沢永一『紙つぶて』は完本刊行まで15年、
自作自注最終版まで20年、計35年の時間をかけている。
4位の大治朋子の新刊だって
2009年から4年間の取材、執筆で誕生した作品だ。
出版までにかけた著者の時間を考えると、
名著に出会えば、本は途方もなく安い買い物だと僕は思う。



年の瀬のあわただしい日々、
みなさん、風邪など引きませんようご自愛ください。


(文中敬称略)