高塚くんと平岩さん


毎日の通勤生活を励ましてくれる声がある。
最寄りのC駅ではホーム補助員・高塚くん。
おそらく鉄道オタクなのだろうが、
ダイヤグラムがすべて頭に入っていてアナウンスしてくれる。


マイクロフォンを使うのは正社員の駅員だから、
高塚くんは小さめの声でアナウンスするだけだ。
気づいていない通勤通学客がほとんどだろう。
でも、僕は聴いている。



  (旬の「湯上がり娘」を使って、枝豆ご飯を炊く。同居人に好評)


社のエントランスに着くと
ここも駅の自動改札と同じでIC社員証でゲートフラッパーを開ける。
警備会社から4、5人毎朝来ているが、
お腹から声が出ているのが平岩さん。


平岩さんの「おはようございま〜す!
ゲートはゆっくりお通りくださぁ〜い!」の声を聴くと、
きょうも一日頑張って働こうと思う。
他の人とは声の出方がまるで違う。


名前を覚えようと
平岩さんがいるときはいつもそこのゲートを利用して
胸のバッジの名前を見ようとした。
「平岩?平石?」
いまひとつ確信が持てない。



  (41Fの、自分史上最高地点の職場にも大分慣れてきた)


帰社するとき、
偶然平岩さんらしき背中の男が歩いているのを見かけて、
思い切って、声をかけてみた。


  「失礼ですが、お名前は?」
  「平岩ですが」
  「僕は中山と言います。
   いつも平岩さんの声に励まされています。
   それをお伝えしたくて。
   ご苦労さまです」


平岩さんは突然声を掛けられ、驚いたそぶりだった。
平岩さんの声を聴いてゲートを通る社員は数千人いるだろう。
その声を記憶している人もいるかもしれない。
でも、その声が平岩さんの声であることを知る社員は
もしかしたら全社で僕ひとりかもしれない。


日々の暮らしを少しだけ慰め励ましてくれる声の、
その持ち主の固有名詞を僕は知りたい。
高塚くんの声、平岩さんの声がきょうも聞こえてくると思うと、
少し元気になれる気がする。