「精神的苦痛」が現金化され、人々を分断する


朝日新聞2018年3月7日朝刊
インタビュー 原発賠償の不条理
十人十色の暮らし 加害者が線引き 無数の分断生んだ
日本原子力発電元理事
北村 俊郎(きたむら としろう)さん



   約8万人が強制避難を余儀なくされた
   東京電力福島第一原発事故から7年。
   東電から被害者に払われていた月々の慰謝料は、
   今月分までで終わる。


   前例のない事故とその償いは、
   福島に何をもたらしたのか。
   原子力業界は変わったのか。
   40年以上にわたって業界に身を置き、
   原発事故で一転して被害者となった
   北村俊郎さんに聞いた。
              (聞き手・山田史比古)


   —賠償が始まった当初、
    「福島は2度壊される」とネット上などで発信していました。


   「まず、原発事故は、暮らしや産業を徹底的に破壊しました。
   その状態をさらに壊したのは『賠償』だったと思います。

   
   地域では、家も土地も、積み上げてきたものが
   全て賠償金という形で現金化されました。
   形があるものだけでなく、避難に伴う大変な思いも、
   『精神的な苦痛』として現金化されました」


   「金の問題に人々は敏感です。
   元には戻らない以上、
   受け取る側の『まだ足りない』という声が消えることはない。
   

   一方で手厚くすれば、受け取らない外部の人から
   『もらいすぎ』と非難される。
   受け取る人の中で差がつけば、少ない側は不満を持ちます。
   どう配っても必ず、嫉妬や不満、新たな分断が生まれる。
   『賠償』が壊したのは、地域の人間関係でした。
   (略)


   「国と東電は、自分たちの懐はほとんどいためずに、
   東電管内の電力消費者に加え、
   全国の消費者にも広く薄く料金を上乗せする、
   ほぼ青天井の財布ができました。
   当初4兆円とみられた総額は、いまは約8兆円。
   (略)


怒りの葡萄(上) (新潮文庫)

怒りの葡萄(上) (新潮文庫)


   「頭に浮かぶのは、米国のスタインベックの小説
   『怒りの葡萄(ぶどう)』です。
   1930年代、凶作と大資本に仕事も土地も奪われた
   オクラホマ州の農民が、
   豊かとされたカリフォルニア州に移り住み、
   そこでも理不尽な差別に翻弄(ほんろう)され、
   家族や仲間を次々と失っていく物語です。


   理不尽に避難生活を送ることになった私たちも、
   最初は団結して帰還を願っていたのに、
   どんどん分断されていっています。
   新天地に適応できる人とできない人がいる。
   (略)


   自分ではどうしようもない不条理が次々と降りかかる。
   (略)


   日本版『怒りの葡萄』にまだまだ終わりは見えません。



「精神的な損害」への慰謝料が
1人あたり月10万円と定められ現金化されれば、
苦痛も怒りも困惑も貨幣に換算され、単純に比較される。
そこに人間性の入る余地はない。


3.11後の日本で起きた、賠償金による人間関係の分断、破壊の
ありさまを北村さんから聞いていると、
マルクスが『資本論』で明らかにした貨幣の威力をあらためて知る。
それは、不条理な力で、私たちを支配する。
いや、人間を支配する力を持つのは、
貨幣が不条理そのものを体現する存在だからか。


資本論 (1) (国民文庫 (25))

資本論 (1) (国民文庫 (25))