朱野帰子『真実への盗聴』(講談社、2012)

朱野帰子の作品が気に入って連読している。
頁を繰るうちにぐいぐい引き込まれていく作品だった。
『真実への盗聴』(講談社、2012)を読む。


真実への盗聴

真実への盗聴


主人公・七川小春(ななかわ こはる)の聴力は常人の数倍。
九歳のときに受けた遺伝子治療が原因だった。
ブラック企業である事業者金融で上司が債権者を追い込むために
小春の能力を利用していた。
すっかり嫌気がさした小春は「懲戒解雇」されるが、
この時代、再就職もままならない。


寿命遺伝子治療薬『メトセラ』を開発した製薬会社アスガルズに目を付け
面接にこぎつける。
だが、不採用。
ところが、アスガルズの子会社ASSの契約社員となって潜入し、
同社社長始め一部社員で結成された秘密結社の存在を暴くのに成功すれば
アスガルズ正社員に採用すると持ちかけられる。
小春の超聴力を使ってスパイをしろと言うことだ。
この秘密結社メンバーは『メトセラ』発売を阻止しようとしている。
開発段階で臨床試験を志願した社員が死亡している事実が隠されているのだ。


メトセラ』が発売されれば高齢者たちが一斉に購入し寿命が延びる。
国は高齢者雇用を企業に促進させ、
年金支払い開始をさらに遅らせる切り札にしようとする。
海外諸国への売り込みも期待できるかもしれない。


気軽なSFのつもりで読み始めたが、
身につまされるくらい、いまの社会が抱える問題を浮き彫りにする。
朱野版『1984』と位置づけられる作品ではないかと思えたほどだ。
ジョージ・オーウェルとの作風の違いは、
どこかに希望が持てそうなエンディングにある。
人間に対する愛情、信頼と言えるか。


朱野作品の装幀は読者の手に取りやすくするためなのか、
ライトノベル風イラストレーションが使われることが多い。
そのせいで手に取らない人もいるのでは、とも思える。


タイトルもそうだ。
文庫版では改題しているが(『超聴覚者七川小春 真実への潜入』、
軽いSF作品のように思われて損をしているかも。
一読者として余計な心配をしたくなる。


朱野作品の読後感は、
中学生のとき読んだ眉村卓の作品にどこか共通点があるかもしれない。
若い読者の意見を聞いてみたいな。


超聴覚者 七川小春 真実への潜入 (講談社文庫)

超聴覚者 七川小春 真実への潜入 (講談社文庫)


ひょっとすると七川小春シリーズとして
続編が生まれるかもしれない。
その日を楽しみにしておこう。