宮下奈都『メロディ・フェア』(ポプラ社、2011)

この人の綺麗な文章を読んでいると心が安らぐ。
平穏無事な日々だけを描いているのではないのだが。
宮下奈都『メロディ・フェア』(ポプラ社、2011)を読む。


([み]3-1)メロディ・フェア (ポプラ文庫 日本文学)

([み]3-1)メロディ・フェア (ポプラ文庫 日本文学)

(僕の読んだのは単行本版。文庫になっていました)


こんな書き出しで小説は幕を上げる。


  無人島に何かひとつ好きなものを持っていっていいと言われたら、
  迷わず口紅を選ぶだろう。
  誰も見るひとがいなくても、
  聞こえてくるのが果てしなく繰り返される波の音だけだとしても、
  ほんとうに気に入っている口紅が一本あれば。
  毎朝それを引くことで、
  生きる気力を奮い立たせることができるような気がする。
                           (p.3)


小宮山結乃(よしの)はピンクがテーマの化粧品会社に務める
ビューティ・パートナー。
都会の百貨店カウンターで働く希望は叶わず、
地元福井のショッピングモールの、やや冴えない職場に勤務する。


凄腕の先輩(外見はそうは見えない)馬場さんが仕事の相棒。
いつも立ち寄っては嫁の文句ばかりで何も買ってくれない浜崎さん。
以前馬場さんと一悶着あったらしい(?)結乃の前任・白田さん。
化粧と聞いただけで毛嫌いする結乃の妹・珠美(たまみ)。
売り場にしょっちゅう現れる小学校の元同級生・ミズキ。
(鉄仮面のような厚化粧で結乃は気づかなかった)
職場にときどき指導でやってくるマネジャー福井さん。


特別な人はひとりも出てこないが、
出てくるすべての人が特別な存在のようにも思えてくる。
物語は小さく、そして少し大きめにうねりながら、
失望と希望をあざなっていく。
結乃も、珠美も、ミズキも、馬場さんも、浜崎さんも
自分の大事な知り合いのように思えてくる。


  初出 「asta*」2009年10月号〜2010年8月号
  単行本化にあたり加筆修正


静かな雨 (文春文庫)

静かな雨 (文春文庫)

デビュー作を収録した文庫が最近出ました)