伊藤詩織『Black Box ブラックボックス』(文藝春秋、2017)

事件の概要は報道で知っていたが、
なかなか本書を手に取る気持ちになれなかった。
伊藤詩織『Black Box ブラックボックス』(文藝春秋、2017)を読む。


Black Box

Black Box


伊藤さんは自分が体験したレイプ疑惑事件について
こう整理している。


  最後に整理しておきたい。
  あの日の出来事で、山口氏も事実として認め、
  また捜査や証言で明らかになっている客観的事実は、次のようなことだ。


  ・TBSワシントン支局長の山口氏とフリーランスのジャーナリストである私は、
   私がTBSワシントン支局で働くために必要なビザについて話すために会った。
  ・そこに恋愛感情はなかった。
  ・私が「泥酔した」状態だと、山口氏は認識していた。
  ・山口氏は、自身の滞在しているホテルの部屋に私を連れて行った。
  ・性行為があった。
  ・私の下着のDNA検査を行ったところ、そこについたY染色体が山口氏のものと
   過不足なく一致するという結果が出た。
  ・ホテルの防犯カメラの映像、タックシー運転手の証言などの証拠を集め、
   警察は逮捕状を請求し、裁判所はその発行を認めた。
  ・逮捕の当日、捜査員が現場の空港で山口氏の到着を待ち受けるさなか、
   中村格警視庁刑事部長の判断によって、逮捕状の執行が突然止められた。


  検察と検察審査会は、これらの事実を知った上で、
  この事件を「不起訴」と判断した。
  あなたは、どう考えるだろうか。
                          (pp.248-250)


本書に引用された「週刊新潮」2017年5月25日号記事にこうある。


  <(略)その取材依頼書(引用者注:週刊新潮が山口氏に送った)を
    メールで送った後のこと。
   「北村さま、週刊新潮より質問状が来ました。伊藤の件です」
   というメッセージが、なぜか「週刊新潮」編集部に届いた。
   「北村さま」に転送しようとし、
   誤ってそのまま編集部に返信してしまったのだ。
   その文面から、かねてから山口氏と北村氏の間で、
   今回の事案が問題視され、話し合われてきたことがわかる。


   北村と聞いて頭によぎるのは、北村滋・内閣情報官を措いて他にない。
   国内外のインテリジェンスを扱う内閣情報調査室のトップを五年あまり務め、
   今夏には官房副長官への就任が確定的な北村氏は、
   今年だけで「首相動静」に五十四回も登場する。
   「首相動静」には現れない、水面下での接触も推して知るべしで、
   総理の一番近くにいる人物の一人なのだ。
   (略)


   官邸重用の警視庁刑事部長(引用者注:中村格氏のこと)、昭恵夫人、北村氏と、
   山口氏の周囲に総理周辺の名ばかり挙がるのは偶然だろうか。
   何よりも、当時の中村格・警視庁刑事部長が、
   管轄署である高輪署の捜査を邪魔して逮捕状を握りつぶさなければ、
   山口氏を一躍スターダムに押し上げた『総理』の出版も、
   その後のコメンテーター活動も、ありはしなかったのだ。>
                              (pp.214〜215)


伊藤さんは自分のような被害者を出さないために
医療機関でのレイプ検査キット常備、法改正の必要を本書で主張している。
泣き寝入りせず、協力者を求め、この本を執筆し、文藝春秋から出版した。
一連の活動はジャーナリストとしての伊藤さんの能力を
世間に認めさせることにつながったと僕は思う。
このタイミングで読んでおいてよかった。
事件はまだ終わっていないのだ。


自身のポートレートをあえて表紙に使ったのは
伊藤さんの覚悟の現れだろう。


  カバー写真 渞忠之
  装丁 大久保明


総理 (幻冬舎文庫)

総理 (幻冬舎文庫)

(山口氏の単行本が出版されたのは2016年6月9日。
 事件が起きたのはその前年2015年4月3日)


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クリッピングから
朝日新聞2019年7月9日朝刊


  伊藤詩織さんと元記者 尋問


  望まない性行為で精神的苦痛を受けたとして、
  ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の男性に
  1100万円の損害賠償を求めた訴訟で、
  伊藤さんと男性の本人尋問が8日、東京地裁であった。
  男性は合意があったと反論した。


  男性は「売名を図った悪質な虚妄だ」として
  1億3千万円の損害賠償を求めて伊藤さんを反訴しており、
  合わせて審理されている。
  男性側は伊藤さんの提訴について
  「TBSへの就職相談に乗ってもらっていた男性が、
  会社を辞めたことへの逆恨みだ」と主張している。
  これに対し、尋問で伊藤さんは
  「警察に相談に行った後、辞めると連絡があった」と強調している。


  一方、伊藤さん側は、性暴力に悪用される睡眠薬
  男性が使った可能性を指摘している。
  男性は8日の尋問で「根拠なく言うのは許せない」と批判した。


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追記(2019.12.24)
讀賣新聞2019年12月19日朝刊


  性的被害を認定 「傷は癒えない」
  元TBS記者に賠償命令


  ジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が、
  元TBS記者の山口敬之氏(53)から性的被害を受けたとして
  1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、
  東京地裁(鈴木昭洋裁判長)は18日、
  山口氏に330万円の支払いを命じた。
  伊藤さんは判決後の記者会見で
  「傷は癒えないが、きちんと答えをだしてもらえて感謝している」
  と涙混じりに語った。


  判決によると、伊藤さんは2015年4月、知人の山口氏と2人で飲食。
  酩酊(めいてい)して意識を失い、ホテルで性的被害を受けた。
  山口氏側は訴訟で「合意があった」と主張したが、
  判決は「供述が不合理に変遷し、客観的な事情と合わない点が複数ある」
  として信用性を否定。
  伊藤さんの供述を前提に事実認定し、
  「山口氏は合意なく性行為に及んでおり、不法行為にあたる」と結論付けた。


  山口氏は「虚偽の被害を公表された」として
  1億3000万円の支払いなどを求めて反訴したが、
  判決は「公表内容は真実で、
  公表目的も性犯罪の被害者を取り巻く社会状況を改善する
  という公益性があった」と判断。
  山口氏の請求には理由がないとして棄却した。
  (以下略)


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