交流・交易の日本海を抗争の海にしてはならない(小笠原直樹)

クリッピングから
朝日新聞2019年9月20日夕刊
現場へ! 「地上イージス」の波紋(第4回)
地元紙1面 異例の社長論文


  新型兵器イージス・アショアの配備計画に揺れる秋田県を歩き、
  地元紙・秋田魁(さきがけ)新報に勢いを感じた。
  防衛省のずさんな調査のスクープや
  東欧の配備先ルポなどが読まれ、議論を喚起。  
  一連の報道は今年度の新聞協会賞を受けた。


  後押しをしたのが異例の社長論文「兵器で未来は守れるか」だった。
  昨年7月16日付の朝刊1面に載り、現場の記者を驚かせた。
  当時の社長で記者出身の小笠原直樹相談役(68)を先月、
  秋田市の本社に訪ねた。
  「社長が言ったら現場はなにくそと反発するのがむしろ社風かな。
  自分もそうしてきた」と笑顔で取材に応じた。


  論文を書いたのは、秋田市への配備を
  「安倍一強の政治主導で押しきられる」という危機感からだった。
  「防衛計画の大綱にないアショアの話が急に浮上し、
  導入が一昨年末に閣議決定された。
  県民は、なぜ必要なの、秋田市なのという疑問を抱いていました」
  (略)


  経営は編集に介入すべきでないという原則は意識していた。
  「個人の思いを書かせてほしい、使えなければ没にしていいと伝えました。
  掲載面の話は特にしなかったが、1、2日してほぼそのまま1面に載った。
  驚きました」


  論文では国の安全保障は尊重すべきとしつつ、
  北朝鮮が対話へ動き出した時に
  「『脅威に備える』としてミサイル発射装置を据え付けることは
  正しい選択だろうか」とアショア反対を鮮明にした。


  批判もあった。
  「国の専権事項である防衛政策を一地方の新聞社が
  うんぬんするのはおかしいという声は承知しています。
  『県民を誘導しすぎじゃないか』と言ってくる政治家もいました。


  ただ、論文に地元の事情に深入りしたくだりはない。
  そこを聞くと「迷惑施設だから置くなというんではないんです」と言い、
  論文には書かなかった、記者の頃から抱いてきた思いを語った。


  「秋田は奈良時代渤海国(今の中国東北部)と交流し、
  江戸から明治にかけ北前船で栄えた。
  県も中国やロシアとの航路開設などいろんな施策に
  予算をつぎ込んできたんです。
  それを全部ぶちこわすように兵器を置くことが秋田のとる道なのか。
  交流・交易の日本海を抗争の海にしてはならない」


  6階応接室で取材の終わり際、
  小笠原さんは窓の方へ私を招いた。
  眼下の市街地のすぐ先に
  陸上自衛隊の新屋(あらや)演習場。そして海。
  「ここが配備の最適地とは、日本の国はどうなってるんだろう」


  社是の書「蹈正勿懼」のついたてが壁際にあった。
  正を踏んで恐るるなかれ。
  小笠原さん流に言えば
  「読者・県民の番犬であれ」という地元紙の使命だ。
  「社員はみんな、この教えを誇りにしていると思います」
                         =おわり

                  (編集委員・藤田直央)


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「読者・県民の番犬であれ」の使命感で
社長は個人の思いを書き、
現場はそのメッセージの1面掲載を決めた。
新聞人の気概を感じた。
勢いのある地方紙の現場を丹念に取材し記事にした
藤田編集委員の仕事に一読者として敬意を払う。


秋田魁新報
イージス・アショア配備問題を巡る「適地調査、データずさん」のスクープなど一連の報道
45年ぶり、3回目の新聞協会賞受賞。
おめでとうございます。