いまいじめで苦しんでいる子どもがこの小説を読んだら、
世界にはまだ救いが残されていると感じるのだろうか。
それとも、所詮は自分がおかれている現実とは異なる絵空事だと
シニカルに見るのだろうか。
辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ社、2017)を読む。
- 作者: 辻村深月
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2017/05/11
- メディア: 単行本
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作品名の一部に採用した
「孤城」の意味を冒頭で辞書から引用している。
こじょう【孤城】
①ただ一つだけぽつんと立っている城。
②敵軍に囲まれ、援軍の来るあてもない城。
『大辞林』
続いて、プロローグ。
この文章は後に物語本文にも使われている。
たとえば、夢見る時がある。
新入生がやってくる。
その子はなんでもできる、素敵な子。
クラスで一番、明るくて、優しくて、運動神経がよくて、
しかも、頭もよくて、みんなその子と友達になりたがる。
だけどその子は、たくさんいるクラスメートの中に私がいることに気づいて、
その顔にお日様みたいな眩(まぶ)しく、
優しい微笑(ほほえ)みをふわーっと浮かべる。
私に近づき、「こころちゃん、ひさしぶり?」と挨拶(あいさつ)をする。
周りの子がみんな息を呑(の)む中、「前から知ってるの。ね?」
と私に目配せをする。
みんなの知らないところで、私たちは、もう、友達。
私に特別なことが何もなくても、私が運動神経が特別よくなくても、
頭がよくなくても、私に、みんなが羨(うらや)ましがる長所が、
本当に、何にもなくても。
ただ、みんなより先にその子と知り合う機会があって、
すでに仲良くなっていたという絆(きずな)だけで、
私はその子の一番の仲良しに選んでもらえる。
トイレに行く時も、教室移動も、休み時間も。
だからもう、私は一人じゃない。
真田(さなだ)さんのグループが、
その子とどれだけ仲良くしたがっても、
その子は、「私はこころちゃんといる」と、私の方を選んでくれる。
そんな奇跡が起きたらいいと、ずっと、願っている。
そんな奇跡が起きないことは、知っている。
(pp.2-3)
最初にこの文章を読んだときは
「ふぅ〜ん、そうなんだ」くらいの反応だった。
けれども物語を読み進んでいき、
再びこの文章に出会ったときは印象がまったく変わっていた。
作者が登場人物である、不登校の中学生たちの気持ちを深く理解し、
言葉で的確に表現できることに驚き、感情を揺さぶられた。
引用したプロローグの最後の一文、
「そんな奇跡が起きないことは、知っている」
と主人公・安西こころの気持ちを作者は書く。
子どもたちは、大人が想像する以上に深く考え、豊かな感情を持っている。
大人がそう思わないのは、自分が子どもだった頃のことを忘れているだけだ、
とこの物語は思い出させてくれる。
この小説がなぜ多くの読者を持ち、
いまも愛され続けているか。
その秘密を僕も共有できたような気がする。
- 作者: 辻村深月
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/08/11
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