辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ社、2017)

いまいじめで苦しんでいる子どもがこの小説を読んだら、
世界にはまだ救いが残されていると感じるのだろうか。
それとも、所詮は自分がおかれている現実とは異なる絵空事だと
シニカルに見るのだろうか。
辻村深月かがみの孤城』(ポプラ社、2017)を読む。


かがみの孤城

かがみの孤城


作品名の一部に採用した
「孤城」の意味を冒頭で辞書から引用している。


   こじょう【孤城】
   ①ただ一つだけぽつんと立っている城。
   ②敵軍に囲まれ、援軍の来るあてもない城。
                   『大辞林


続いて、プロローグ。
この文章は後に物語本文にも使われている。


   たとえば、夢見る時がある。
   新入生がやってくる。
   その子はなんでもできる、素敵な子。
   クラスで一番、明るくて、優しくて、運動神経がよくて、
   しかも、頭もよくて、みんなその子と友達になりたがる。


   だけどその子は、たくさんいるクラスメートの中に私がいることに気づいて、
   その顔にお日様みたいな眩(まぶ)しく、
   優しい微笑(ほほえ)みをふわーっと浮かべる。
   私に近づき、「こころちゃん、ひさしぶり?」と挨拶(あいさつ)をする。
   周りの子がみんな息を呑(の)む中、「前から知ってるの。ね?」
   と私に目配せをする。


   みんなの知らないところで、私たちは、もう、友達。
   私に特別なことが何もなくても、私が運動神経が特別よくなくても、
   頭がよくなくても、私に、みんなが羨(うらや)ましがる長所が、
   本当に、何にもなくても。


   ただ、みんなより先にその子と知り合う機会があって、
   すでに仲良くなっていたという絆(きずな)だけで、
   私はその子の一番の仲良しに選んでもらえる。
   トイレに行く時も、教室移動も、休み時間も。
   だからもう、私は一人じゃない。


   真田(さなだ)さんのグループが、
   その子とどれだけ仲良くしたがっても、
   その子は、「私はこころちゃんといる」と、私の方を選んでくれる。
   そんな奇跡が起きたらいいと、ずっと、願っている。


   そんな奇跡が起きないことは、知っている。
                        (pp.2-3)


最初にこの文章を読んだときは
「ふぅ〜ん、そうなんだ」くらいの反応だった。
けれども物語を読み進んでいき、
再びこの文章に出会ったときは印象がまったく変わっていた。
作者が登場人物である、不登校の中学生たちの気持ちを深く理解し、
言葉で的確に表現できることに驚き、感情を揺さぶられた。


引用したプロローグの最後の一文、
「そんな奇跡が起きないことは、知っている」
と主人公・安西こころの気持ちを作者は書く。
子どもたちは、大人が想像する以上に深く考え、豊かな感情を持っている。
大人がそう思わないのは、自分が子どもだった頃のことを忘れているだけだ、
とこの物語は思い出させてくれる。


この小説がなぜ多くの読者を持ち、
いまも愛され続けているか。
その秘密を僕も共有できたような気がする。


冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)

冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)

(著者デビュー作)