池上彰『こどもにも分かるニュースを伝えたい』(新潮社、2005)

分かりやすい解説の口調とは裏腹に
硬派である。豪腕である。
池上彰『こどもにも分かるニュースを伝えたい—ぼくの体験的報道論』
(新潮社、2005)を読む。



「はじめに—テレビの世界に別れを告げて」から引用する。


  二〇〇五(平成十七)年三月二六日をもって、
  僕は担当していた「NHK週刊こどもニュース」のキャスターを希望して降り、
  三月三一日でNHKを退職した。
  定年退職まではまだ間があったが、あえて辞めることにした。


  どうしてか。生放送の仕事にすっかり疲れてしまったから、
  というのが第一の理由だが、
  それだったら、番組を降りるだけでいいはず。
  本当のところは、これ以上NHKにいると、記者だった期間より、
  それ以外の期間のほうが長くなってしまうからだった。


  ぼくがNHKに記者で入り、記者の仕事をしていた期間は一六年間。
  一九八九(平成元)年からは、今度はテレビの画面に顔を出すという
  キャスターの仕事を、やはり十六年間。
  記者とキャスターの期間が同じになってしまった。
  これ以上いては、「ぼくは記者でした」
  と言えなくなってしまうような気がしてきたのだ。


  それなら、組織を抜けて、フリーの一記者になり、
  改めて記者の仕事を始めてみたい。
  これが、僕の真意だった。
                         (pp.2-3)


自分がNHKを退職した理由も
読者にわかりやすく解説できるのが池上だ。
「おわりに」から引用する。


  その一方で、キャスター経験を通じて、
  ぼくは、ニュースをわかりやすく伝える仕事の面白さにとりつかれてしまった。
  世の中の複雑な出来事を、なるべく理解しやすいように解説する。
  そんな楽しい仕事を、今度は活字の世界でやってみたいと思うようになってきた。


  とりわけ一見複雑に見える国際ニュースは、
  そのちょっと前の現代史を知るだけで、はるかに理解できるようになる。
  そんな秘訣と楽しさを読者に届けたいと考えるようになった。


  残された人生。
  まだ足腰が立つうちに、組織を離れて現代史の現場を取材して回りたい。
  そんな思いから、定年を待たずに、NHKを離れることにした。
  そのひとつの区切りとして、こんな本が誕生した。
                     (p.252)

「おわりに」の最後にこうある。


  また、伊藤幸人さんからも温かい励ましをいただきました。


新潮社の伊藤幸人は
佐藤優が作家としての自身の「生みの親」と呼ぶ編集者だ。
本書最後の広告欄に佐藤のデビュー作、
『国家の罠—外務省のラスプーチンと呼ばれて』が掲載されていた。


国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて


池上、佐藤の二人は2005年、人生の大転換期に、
共に伊藤の導きで新潮社から著書を出版していた。
目利きとはこういう人を言うのだろう。