注目すべきは「10回」という具体的な数字です(池上彰)

クリッピングから
朝日新聞2020年7月31日朝刊
池上彰の新聞ななめ読み
特ダネとは何か 埋もれた事実を世の中に


毎月最終金曜日の朝日朝刊が待ち遠しい。
池上彰さんの「新聞ななめ読み」が掲載される日だからです。
さて、7月、あまたあった出来事、報道から
新聞読みのプロ中のプロ、池上さんが何を選んだか。


  「特ダネ」とは、何か。
  (略)


  特ダネとは、その報道がなければ
  世の中の人が知ることがなかったという種類のものではないでしょうか。
  その手の特ダネこそ取材力がものを言う。


  7月27日付本紙朝刊の1面トップには快哉(かいさい)を叫びました。
  次のような書き出しの記事です。


    <東日本大震災の復興事業を請け負った大手ゼネコンの支店幹部らに
     提供する目的などで、複数の下請け企業が不正経理による裏金作りを
     行っていたことがわかった。朝日新聞の取材で確認した税務調査内容などに
     よると、裏金は少なくとも計1億6千万円にのぼる。
     こうした裏金の原資は、復興増税などを主な財源として投じられた国費だった>


  この記事に「朝日新聞の取材で確認した」という文章があります。
  これが、いわゆる「調査報道」です。
  当局の発表をそのまま書くのではなく、自社の責任で報じる。
  これはリスクのある行為です。


  たとえば警察や役所の発表をそのまま書いていれば、
  間違った内容が含まれていても、発表した主体の責任です。
  しかし、「朝日新聞の取材で」と書く以上、
  記事の全責任は朝日新聞社が負うのです。
  (略)


    <取材で確認できたのは、清水建設、安藤ハザマ、鹿島、大成建設
    (いずれも本社・東京)の幹部らへの提供を目的にした下請け企業の裏金作り>


  「取材で確認できたのは」とさらりと書いていますが、
  これが、どれだけ困難なことか想像できます。
  まずは、問題のゼネコンの名前を割り出し、具体的に何があったのかを確認。
  その上で、その企業に取材するのですが、
  取材にまともに応じてもらえる確証はありません。


  取材対象の企業が認めれば、記者は安心して記事を書けますが、
  取材に応じなかったり確認を拒んだりされると、
  「記事にした後、抗議されたらどうしよう」という
  危惧の念を抱いてしまいます。
  こういうときは、記事にした後、抗議されないだけの
  しっかりとした根拠が必要です。


  たとえば「福島県大熊町の除染工事に清水建設の下請けで参加した
  東京都の建設会社」の場合、
  「裏金は、清水建設の現場幹部に10回に分散して現金などで渡したほか」
  と書いています。


  ここで注目すべきは「10回」という具体的な数字です。
  「数回に分散して」とか「十数回にわたって」とか、
  ぼかした数字にすることなく、具体的に「10回」と特定していることです。
  これだけ具体的な数字を確認するのに、どれだけ大変だったことか。
  記者の苦労がうかがえます。
  (略)


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僕も朝日のこの調査報道には注目していました。
同7月27日付朝刊2面記事から引用します。


  (略)
  一方で、被災地の下請け業者は、
  過剰接待を受けた鹿島の支店幹部について、
  震災前後の著しい変化を感じざるを得ないという。
  震災前は「現場の安全対策に力を入れ、下請けから人望があった。
  下請けへのたかりなど、みじんもなかった」。
  その彼を変えたのは何なのか。
  下請け業者は「巨額の復興マネーとしか言いようがない」と語った。
 
                 (編集委員市田隆、板橋洋佳)


「この支店幹部は3月に退職することになった」と同記事中にあります。
朝日の報道がなければ大企業の中で、
少数の人以外に知られることなく「処理」されていた事件でした。


池上さんの今月のコラムは


  (1)朝日のような日本の新聞にも「調査報道」が可能であること
  (2)読者はジャーナリズムの肯定面の機能に気付くだけの情報感度を
    磨いておくこと


の二点を教えてくれました。


コラムを読んだ後、
取り上げられた記事を再読しました。
読む前と後では理解の深さが変わることを実感しました。
朝日読者はお試しあれ。


池上彰の新聞勉強術 (文春文庫)

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  • 作者:池上 彰
  • 発売日: 2011/12/06
  • メディア: 文庫