ベルリンスクール入門(その3)

マイケル・コンラッド
ベルリンスクールの右脳であるとすれば
左脳を司るのがアカデミック・ディーン(学部長)の
ピエール・カッセ。写真の笑顔の人である。


ピエールはベルギーに生まれ、
いまはフランスのエクサンプロヴァンスに住み、
教鞭を取っている。ワインで知られる土地である。
ベルリンスクールが空飛ぶ大学院だとすれば
ピエールは空飛ぶ教授である。
スイス・ローザンヌ、シカゴ、ボストン、マイアミなど
ピエールの活動範囲は世界をまたがる。
近頃はスロバニア、ロシアのビジネススクールでも
リーダーシップやイノベーションを教える。


右脳系のクラスはマイケルが電話、メール、会合、訪問など
あらゆる手段を駆使して次々とトップクラスを呼ぶ。
TBWAのワールドワイドCEOであったジャン・マリー・ドルーが
ベルリンスクールとドイツADCのためだけに
丸々二日間のスケジュールを
すべて空けて講義、レクチャーをする。
世界中に数千人の部下を持つ大親分が
マイケルに頼まれれば二つ返事でやってくる。
例えば、そういうことだ。
広告業界で働き、世界の広告業界の様子を少しでも知る人なら
そのことがどれほど実現しづらいことか容易に想像がつく。


ピエールはアカデミックの世界で
マイケルがやることを実現する。
世界中でこれはと思う教授たちはすべてピエールの頭の中にあり、
頭の中にあるだけでなく、そのすべての講義を彼自身が受けている。
だからベルリンスクールのディーンを引き受けたとき、
彼の中では世界中の教授たちのリストからベストメンバーが選抜され
世界最高のカリキュラムを作る準備ができていたことになる。
シカゴのケロッグスクールで合宿をしていたとき、
僕がピエールに聴いたことだから間違いはない。


どんな仕事でも一流の人というのはいる。
一流は一流を知る。
一流は一流とネットワーキングしていく。
公平と平等は異なる。間違ってはいけない。
全員が平均点周辺に集まる平等は、才能にとって少しも公平ではない。
ピエールはそうやってグループワークの創造性、経済学、説得学、
財務、戦略論とクラスを組み立てていく。
もちろんベルリンスクールのためにカスタマイズする。


教授たちは、どこの国籍かを気にするのもおかしいと思えるくらい多彩だ。
ピエールのアシスタントを務めるオーウェン
アイルランド出身でロンドンに住む。
コンサルタントであり、ケースライターであり、博士候補である。
他にもカナダ、スイス、アメリカ、シンガポール、ドイツ、中国、
インド、日本、こうして書いていてもキリがない。


国籍が問題なのではない。その教授がなにをどう教えることができるのか。
そしてクラスをベルリンスクールの僕たちと丁々発止で
どうカスタマイズしていけるかだけが勝負なのだ。
知と美の真剣勝負はぞくぞくするほど、おもしろい。
ピエールは果てしなく私たちを挑発し続ける。
「挑発せよ」「考えを声に出せ」「伝統や常識を捨てろ」
といつもいつもやかましい。
僕たちが真似をしていたピエールの口癖は、


  "Squeeze your brain."(おのれの脳みそを絞り尽くせ)


ブレインのRを巻き舌で発音して挑発するのである。
知の世界はまことにラディカルである。


こうして僕たちは二週間続くモジュールで
右脳も左脳も絞り尽くし、身体もハートも使い切って燃焼する。
僕はそれをトライアスロンと呼んでいた。
卒業まで6回のトライアスロンが続く。
モジュールとモジュールの間にも
山ほどの宿題、国をまたがるチームプロジェクト、卒業論文の準備が
僕たちを駆り立てる。


そしてベルリンスクールで学んだことを
それぞれの仕事場で三ヶ月間試して
うまくいったこと、うまくいかなかったことを
次のモジュールで全員に報告する。
どうしてうまくいかなかったのか、どうすればうまくいくのか、
クラスメートの知恵を借りながら、
自分の頭で答えを出す必要に迫られる。
(文中敬称略)