私は作家である前に龍さんの読者だった(金原ひとみ)

クリッピングから
讀賣新聞2026年10月26日朝刊 <文化>
<村上龍さんを悼む> 金原ひとみ
屹立し 先を照らす表現者


  どこにもいたくないし、
  どんな場所も、どんな人も私を受け入れない。
  幼い頃からなぜかその確信だけ強くあった。
  すでにあらゆることを諦めていた小学五年生の頃、
  父の仕事の関係で一年住むことに
  なったサンフランシスコで、父が与えてくれた本の山の中に、
  村上龍さんの『69 Sixty nine』があった。
  それが龍さん、ひいては小説との出会いだった。


  特に中学生の頃、
  『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだ時の衝撃は、
  私を強力に小説の道に推し進めた。
  読みながら、初めて世界にしっくりきた。
  物語の激流の中で目まぐるしい感情と展開に飲み込まれ、
  自分を、足元を見失いそうになりながらも、
  おどろおどろしくうねる世界、登場人物たちの秩序、価値観に陶酔した。
  ここにいるべきだと感じた。
  そんなふうに、現実で息ができない人が
  息ができる場所を創造できる小説家に憧れた。
  (略)


  でも同時に思う。
  私は作家である前に龍さんの読者だった。
  自分は誰よりもあなたの作り出す世界で
  生きるべき人間だと信じる読者であり、
  あなたの世界に潜り込むことで戦火を逃れてきた読者であり、
  あなたの世界で初めて安眠できた読者であり、
  あなたの世界がなければ戦えない戦が、
  越せない夜があった読者であった。
  話したかったよりも、読みたかった。
  あらゆる世俗を調理してきたあなたが七十を前にして
  『MISSING 失われているもの』で
  己自身の茫漠(ぼうばく)とした空白に向き合ったことに衝撃を受けたように、
  これから先あなたが何に興味を持ちどう書くのか、見つめ続けたかった。


  中二の夏『コインロッカー・ベイビーズ』を読み、
  この小説が存在する世界なら生きられるかもしれないと淡い希望を抱き、
  縋(すが)るように読む書くの双方向から
  小説の世界に耽溺(たんでき)していった私にとって、
  あなたは小説そのものの象徴であり、
  この世の地平に屹立(きつりつ)し
  その先を照らし出してくれる表現者でした。
  あなたの小説がなければ生きていられなかった
  たくさんの人たちの代表として言わせていただきます。
  私が生きられる世界を作ってくれてありがとうございました。

                        (作家)








雨降り出して持ち帰りたり(山崎三千子)

クリッピングから
讀賣新聞2026年10月26日朝刊
読売歌壇(小池 光・栗木京子・黒瀬珂瀾選)
今週の好きな歌3首、抜き書きします。


  ごみ出しに古本かかえて来たけれど
  雨降り出して持ち帰りたり

        船橋市 山崎三千子


    【評】もう読まなくなった古本をごみ出しに運ぶのだが、
      雨が降ってきた。それで出さずに持ち帰る。
      いらなくなった本とはいえ、
      雨に濡(ぬ)らすのはためらわれるのだ。

                      (小池 光選)


  ふるまわれる菊酒を手に落語聞く
  おかわりをする人の多くて

        東京都 西沢康子

            (栗木京子選)


  手に入れし中古のギターを抱きかかえ
  少女は乗り込む雨の車に

          松江市 犬山純子

            (黒瀬珂瀾選)


まだ撫でてない柴のコロッケ(秋津 しま)

クリッピングから
讀賣新聞2026年10月26日朝刊
読売歌壇(俵万智選)
今週の好きな歌3首、抜き書きします。


  傷付いた大きな鳥を抱くように
  羽毛布団をゆっくり畳む

       宇部市 常田瑛子


    【評】もともとは鳥のものだった羽毛。
      温めてもらっていることへの感謝と若干の後ろめたさ、
      そして労(いた)わりのようなものが伝わってくる。
      上の句の比喩が羽毛と響きあって魅力的だ。


  伏せている診察台に射すあはき
  窓のひかりにふとフェルメール

        太田市 木戸健房


    【評】唐突に、けれど確かに、
      フェルメールの絵画を思い出した。
      結句の出しかたが、非常に印象深く、うまくいっている。


  ひらがなを並べるように問われおり
  「あなたはひとをころしましたか?」

           三鷹市 Sizuku


    【評】映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の一場面。
      子どもの無垢(むく)な質問に、
      大人も真摯(しんし)にたじろぐべきだろう。


今週のもう1首。


  空想の犬に名をやり餌をやる
  まだ撫でてない柴のコロッケ

       西宮市 秋津しま


<be会議> 自分の葬式をしてもらいたいですか?

クリッピングから
朝日新聞2026年10月25日朝刊 <be>
<読者と記者の be 会議>
自分の葬式をしてもらいたいですか?



予想より「いいえ」の回答が多かった。
be会議モニター(そもそも新聞購読者層)は比較的年齢が高いので、
葬式についてより現実的な考えになっているのかもしれない。
「はい」「いいえ」が僅差で拮抗したのが
現在の日本の社会の気分のようなものを表しているように思える。


僕はどうかなあ……。
その時、自分はもういないしなあ……。


アルゴリズムが熱狂の引き金だった

クリッピングから
朝日新聞2026年10月24日朝刊 <be>
<フロントランナー>
ギタリスト 高中正義(たかなか まさよし/73歳)



  イントロと同時に、大歓声が異国の地でわき起こった。
  8月7日、ロンドン南部であった
  日本音楽の野外音楽フェスティバルの大トリを務めた。
  オープニング曲は、代表曲「BRASILIAN SKIES」(1978年)。
  約1万2千人の大観衆を前に、爽やかなギターの主旋律を紡ぐと、
  若者らが一斉に「パパパイヤー」と大合唱を始めた。
  インストゥルメンタル曲であるにもかかわらず、だ。
  (略)


  「信じられないことが起きている。
  海外の人たちは本当に、楽しむのがうまいね。
  でも、その熱狂に自分は生かされている」


  アルゴリズムが熱狂の引き金だった。
  2010年代、国内で70〜80年代に流行した日本の「シティーポップ」が、
  ユーチューブなどを通じて海外で人気を集めた。
  その視聴履歴を学習したAI(人工知能)が
  「レコメンド(推奨)」を繰り返す中で、
  都会的でリゾート感あふれる高中正義のギターが「発見」された。
  (略)


  ーー世界を魅了するギター。その練習方法は?


  がむしゃらに練習すると腱鞘(けんしょう)炎になって
  指が動かなくなるから、適度にやって休むのが一番。
  そのために家の中にギターの「関所」を複数設けている。
  

  例えば、トイレに行く動線に
  立奏用のギタースタンドにギターをセットしておき、
  通りかかるたびにワンフレーズだけ弾いてから行くみたいな。
  アンプの電源も足元のスイッチで入るようにしておけば
  セッティングの手間もない。
  短い練習時間でも1日10回やれば結構な練習量になるんだ。
  

  ルームランナーで歩く際、アンプを繋(つな)いで
  大音量で弾きながら歩いたこともある。
  それで制作したアルバムもある。
  (略)


            (文・河村能宏 写真・篠塚ようこ)





www.youtube.com






どーしても爪が切りたい!

クリッピングから
朝日新聞2026年10月18日朝刊 <be>
「コロコロ毛玉日記」286(中川いさみ)



我が家では大王は嫌がりながらも切らせてくれます。
(ただし前足のみ、後ろ足の爪を切ると歩く時に滑ってしまうのでNG)
楽浪さんは同居人が既にすっかり諦めています。


もし、この道具を買ったとしたら、楽浪さんをセットする前に
僕らの手が血だらけ傷だらけになることが容易に想像できます。
お〜〜こわ。やめとこ。