コの字で夜がふけてゆく

西新橋食い物事情シリーズ(その2)。
大正時代の建物。
のれんをくぐるとコの字の木製カウンター。
ずらり客が入っても15人でせいいっぱい。
昼は定食屋、夜は居酒屋、それが「まるきん」である。
週末の一軒目は、この秘湯会好みの店から
始めなくてはなるまい。
ちょうど一つだけ空いていた席に腰掛けても
誰も注文を取る様子もない。
おかみさんらしき人は
カウンターのすみでなにやら食べている。
別の客が店にある一番絞りでなく
サッポロが飲みたいとわがままを言うと
中年のおばさんが「あいよ」と向かい側の酒屋に走る。
「ウチはいろんなところに冷蔵庫があるからね」。
なるほど。このおばさんに頼めばいいのか。
「僕もビール。せっかくだから、
 いまおばさんが仕入れてきたサッポロ。
 マカロニサラダとちくわ空揚げ、ちょうだい」
このおばさん、奥で動かないおかみさんに
おつまみの在庫を尋ねる。
「両方とも売り切れ。アジフライでどう?」
マカロニサラダとちくわの代わりが
アジフライにつとまるかどうかはむつかしいところだが、
ここではグズグズしてると食いっぱくれることだけは
一見の客でも理解できた。
「じゃ、それにする」。
今夜はあちらこちらをハシゴして探索すると決めたので、
早々に「まるきん」を仕上げる。
おかみさんは相変わらずカウンターの角で
なにやら食べながら他の客と世間話をしている。
席を立たせるのもしのびないので
向こう側まで勘定しにいく。
「自己申告してね」とおかみさんが言う。
帳面になにやらおばさんが書いていたけど、
結局自己申告なんだ。
ビール大瓶一本、突き出し(きんぴらごぼう)、
アジフライ(二匹。キャベツせんぎり付)。
しめて1,200円也。安い。安すぎる。
中年のおばさんが他の客にあいさつして帰っていく。
「じゃ、みなさん、さいなら。実は私も客なのよ」。
そうか、店の人じゃなかったんだ。
その割にビールを買いに行ったり、
他の客の焼酎水割りを作っていたけどね。
西新橋の週末の夜は、
仕事の疲れを忘れさせてくれる演劇空間なのであった。