ターセム「落下の王国」 (The Fall)

新宿の明治安田生命ホールに
映画「落下の王国」(原題:The Fall)の試写を観に行く。
ターセムが監督し、石岡瑛子が衣装デザインディレクターだったので
僕の興味を惹いたのだ。


ターセムはCMディレクターとして
トップクラスの仕事をしてきており、
カンヌ国際広告祭を沸かせたナイキ"Good vs Evil"をはじめ、
コカ・コーラリーボック、ミラーライトなどのクライアントのために
映像言語を駆使した作品を創ってきた。
僕も同居人も昔からターセムの大ファンである。


ターセムは2000年に「セル」(原題:The Cell)で
初めて長編映画を監督し、今度の「落下の王国」が二作目。
今回はインディペンデント作品である。
家以外は全部売り払って
弟と共同運営しているGoogly Filmで
この映画を制作したエピソードもさることながら、
26年前にこの映画を構想し、
この4年間コマーシャル撮影の合間を利用して
世界24カ国で撮影を続けてきた事実にも感銘を受けた。


石岡はじめ、現場で掃除をするスタッフまで全員が
すずめの涙ほどの同一金額のギャラで集まり、
飛行機、ホテルも全員同じランクだった。
「ほとんど共産主義のようなチームで制作を進めた」
とターセムは笑う。
なぜ、それほどまでしてターセムはこの映画を作りたかったのか。



(写真:左から石岡瑛子、ターセム戸田奈津子、ニコ)


上映後1時間半に渡って、パネルディスカッションがあった。
ターセム石岡瑛子
そしてプロデュースを務めたニコ・ソウルタナキスが作品を語る。
「クロサワとオズを一本の映画で実現したかった」
とターセムが発言したのは
東京での試写会を意識したリップサービスとは僕には思えなかった。
ロングショットの美しさ、色使いは
まぎれもなくターセム独自のものであるが、
羅生門」「七人の侍」「影武者」などで
黒沢が使ったロングショットを彷彿とさせる。
主役であるロイと少女アレクサンドリア
二人きりの会話のアップショットは
なるほど小津作品の影響があると言えば納得がいく。


「映像の魔術師」などと
陳腐な言葉で誉められるCMディレクターほど
映像のみにこだわりストーリーテリングをおろそかにして
凡庸な長編映画を作る。
ターセムの作品がそうした手なぐさみの作品の領域とはおよそかけ離れた、
記憶と心に深く刻まれるものだったことが僕には嬉しかった。
映像の美しさと物語の面白さのどちらもあきらめず
ひとつの作品として完成させた。
ターセムとそのチームの成果を心から祝福したい。


こうした作品が世に生まれてくる奇跡を思うとき、
いつも僕の心によぎる妄想がある。
個人やチームが作品を生み出すと考える世の常識は
すべて間違いである。
そうではなくて、
世に出たいと思っているアイデアが特定の個人に取り憑き、
その個人が想像力のいけにえ (Victim of Imagination)になるのだ。


取り憑かれた個人はやがて同志をつのり、
およそ考えられるすべて、
つまり才能、時間、金のすべてを注ぎ込んで
おのれに取り憑いたアイデアをカタチに変えていく。
カタチとなった作品を
僕たちは人類の共同資産として共有させていただく。
だから想像力のいけにえとなった人を
僕たちは大事にしないといけない。


広告クリエーティブの仕事をしていると
本当に稀なことだが、そうしたアイデア
自分に取り憑いた気がすることがある。
ひとつの課題に取り組み、夜も昼もなく集中し、
これ以上は何も出てきやしないとアイデアを絞り尽くすとき、
自分の脳波が、世界のどこかで浮遊していたアイデアの波長と一致し
天から降ってくる。
「オレはオマエを選んだ。オマエがオレをカタチにせよ」。
イデアが僕に命ずる。そんなイメージだ。


だから怠惰な人間、集中する時間を持たない人間、
本気でなにかを追求することのない人間のところには
イデアは近寄らない。
そんな人間に宿ったところでカタチになれるわけがないことを
他ならぬアイデア自身が知っているからだ。


こうした思いはもちろん僕の妄想に過ぎないが、
おそらく26年前、やがて「落下の王国」になるためのアイデア
21歳であったターセムに取り憑いたに違いない。
ターセムに取り憑いたアイデア
プロデューサーのニコ、石岡瑛子にも伝染し取り憑いていったのだ。
イデア自身が、おのれをカタチにして世に出すために。
ともあれ、そう考えると僕は愉快なのだ。


もちろん作品と言ったって
映画に限らず世に出るほとんどが駄作であるから、
傑作に出会えたときにしか僕のこうした妄想は動かない。
駄作を作る人が自分は想像力のいけにえになったとうぬぼれるなら、
どうぞご勝手に、と心の中でつぶやく他はない。


ちなみに想像力のいけにえ(Victim of Imagination)は
僕の造語ではない。
パネルディスカッションでニコが口にし、
ターセム、石岡も笑いながらうなずいていた言葉だ。
三人とも心当りがあるのだろう。


作品を観た後で制作者たちの話を
直に聴けるセッションがあったのは本当にありがたかった。
ベルリンスクールのクリエーティブ・セッションのひとつとして
採用したいほど濃い内容であった。
学長のマイケルや事務局長代行のシェリダンにも教えてやろう。


落下の王国」は
シネスイッチ銀座、渋谷アミューズCQN新宿バルト9
9月6日から一般公開。


youtube予告 http://jp.youtube.com/watch?v=53IdeMxih9k


(文中敬称略)