東京軍事裁判の二年半、巣鴨の牢獄生活の四年に
昭和史の主要登場人物のひとりが綴った記録である。
あの時代の日本にこんな官僚、政治家がいたのかと僕は感心した。
重光葵『昭和の動乱(上)』を読む。
- 作者: 重光葵
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2001/10/01
- メディア: 文庫
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上巻では若槻、犬養政党内閣から
阿部、米内軍部内閣までの政治の変遷を軸に
満洲事変から日独伊三国同盟締結前夜までを書く。
満洲事変から太平洋戦争まで
日本が坂を転げ落ちていく間にいくつもの分岐点があった。
その分岐点をひたすら破滅の方向へと向かい続けたのはなぜか。
重光は感情を抑制し、
記録と記憶と取材に基づいて昭和の動乱の因果関係を解き明かす。
日本が深みに落ち込んでいく原因について
重光はこう書く。
「(前略)元老既に老い、
軍部の横暴の甚だしき国内事情によるものとは云いながら、
所詮、日本国民自身の政治性が国際政局の水準から見て、
一般的に甚だ貧弱であったことを示すものと云わねばならぬ。」
(p.273)
手厳しい一文である。
重光は動乱の原因を政治家、軍人、官僚だけに求めるのでなく
日本国民の政治性の未熟にも求める。
そう一方的に決めつけられると反発もしたくなる。
けれども、では、2013年現在において
我々日本国民自身の政治性の水準が上がったのどうかと
我が身と周囲を振り返れば、いささか心もとなくなる。
こうした一級史料を副読本に
日本の中高教育でも日本近現代史を掘り下げる必要があると僕は思う。
歴史から学ぶことを止めてはいけないのだ。
本書は初出から半世紀を経て中公文庫として復刊。
(文中敬称略)