グラスホッパーの数学

伊坂幸太郎グラスホッパー」を読む。
僕の三冊目。直木賞ノミネート作品。
鯨、蝉、鈴木、
三人の視点で物語をパラレルに語っていくのは
伊坂独特の映画的手法である。
殺人あり、詐欺あり、拷問ありと
ハードボイルドの筆が冴えるが、
読後感が悪くないのは
ユーモアがそこここに散りばめられているからだ。

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)

伊坂の作品でいつも感心するのはエンディングである。
それまでバラバラに提示してきた断片が
ラストに向かって一つのピースを構成していく。
すべての要素がエンディングに集結し、
ユーモアとともに余韻を残す。
この心地よさ、スピード感は僕にとって
向田邦子のエッセイを読むときの
読後感に似ている。
数学的構成を持つ文学とでも言うのか。
ゴールデンスランバー」に登場した
未来を知るカカシがこの作品ではチョイ役で出てくる。
こうした方法は映画のキャスティングのようであり、
手塚治虫の作品にも共通している。
ヒゲオヤジ、ヒョウタンツギ
手塚の複数の作品に登場するのも
こうしたスターシステムの産物である。
伊坂の作品は映画的であるが、
読者としては映画にはしてほしくない気がする。
きっと多くの読者がそう思っているだろう。
説明的に映像で見せられてしまっては
せっかく頭の中で組み立てた物語がだいなしだ。
マレーシアかシンガポールだったか、
書店のポスター広告にこんなキャッチフレーズがあった。
「ハリウッドがダメにする前に読んでおきなさい」。
(文中敬称略)
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写真は土日と
二日連続で来てくれたおとぼけくん。
©同居人)