井上卓也『楽園と廃墟』(2015)


軽井沢の別荘で起きた出来事。
ミステリーか、ファンタジーか。
井上卓也『楽園と廃墟』を読む。


楽園と廃墟

楽園と廃墟


死者が「あの世」から「この世」にやってくる物語と言えば
山田太一異人たちとの夏』を思い浮かべる。
井上の物語は少し違う。
「あの世」と「この世」の境で
健気に存在している父親とこども三人が憐れだ。



彼ら四人が落命した昭和20年3月10日の東京大空襲
僕の祖母が死に、母は幼かった妹ふたりと取り残された。
それ以降、両親を亡くした三人が生き延びるのが
どれほど困難だったことか。
この時代は僕にとってもさほど遠い出来事ではない。


ラストシーンが淡々としてやや物足りない思いも残るが、
井上が伝えたかったのはどんでん返しの面白さではないだろう。
僕たちが当たり前のように暮らすいまも、
突然平穏を奪われた人間たちが存在していた過去の続きに過ぎない。
文章の細部描写が精確で、読んでいて気持ちがよかった。


異人たちとの夏 (新潮文庫)

異人たちとの夏 (新潮文庫)


(文中敬称略)