市川準『buy a suit(スーツを買う)』


クリスマスの夜、
忘年会の二次会の誘いを断って
赤坂のスタジオに向かったのは
ある監督の遺作を仲間たちと観るためであった。


市川準監督作品『buy a suit(スーツを買う)』である。



クライアントから贈られた
最新のDVDハンディカムで遊んでいた市川監督が
ふとした弾みで脚本を書くことになった。
日頃CMの仕事で一緒に働いている仲間たちをキャストして
この作品を作り始めたのである。



47分の小品だが、
市川監督は大きなスクリーンで観てもらうことを望んでいた。
そこで、僕たちも今夜の特別試写会を組んでもらい。
スクリーンでこの作品を観ることに決めたのだ。


ハンディカムがとらえた映像は
普段映像で観る嘘くさい東京ではない。
リアルな東京に生きるリアルな人物たちの架空の物語に
僕はゆっくりと取り込まれていった。
こんな人たちがいまの東京に暮らしていて
なんら不思議はない。
普段会ったり話したりすることはないけれど。



登場人物はみな関西弁を話す。
大阪や京都から見た東京は一種の外国であり、
ときに生計を立てる場となりながら、
ときに闘うべき敵にもなる。
そのことを東京に生まれ育った市川監督が作品に仕立てたことが
東京に生まれ京都で学んだ僕にはおもしろかった。


今年の第21回東京国際映画祭
「日本映画・ある視点部門」作品賞を
受賞したことがきっかけとなり
来春、渋谷ユーロスペースを皮切りに
全国で公開されることが決まった。
バックに大映画会社やスポンサーが付いているわけでもない
プライベート・フィルムの公開である。


僕もなんらかの支援をしたいと願い、
まずはデジタルノートで取り上げた。
YouTubeに予告篇の画像がアップしていたので
ご紹介します。ご覧下さい



遺作を作ろうと思って作る作家はいない。
次の作品を予定していながらそれが叶わず、
生前最後にできあがった作品を
残された人たちは遺作と呼ぶ。


武道館や東京ドームで
コンサートをしてきたミュージシャンが
ある成熟に到達したとき、
ギター一本で街のライブハウスで演奏することを再開する。
老練の初心とでも呼ぶ心境であろうか。



  (監督が好きだった店、赤坂・麦屋)


市川さんは『buy a suit(スーツを買う)』を
自分が初心に帰るための作品と位置づけていた。
こうした実験作をあと何本か作るだけの時間を
この監督に与えてほしかったと
映画を観終えた後に僕は思った。



  (麦屋の二階にあるバー、GIIYA)


予告編を観て興味を持ったら
来春、大きなスクリーンでこの作品を観てほしい。