『蟹工船』より、『ポトスライムの舟』


第140回芥川賞受賞作、
津村記久子『ポトスライムの舟』を読む。
月給手取り138,000円の契約社員ナガセが
自分のほぼ年収に匹敵する163万円を貯め、
世界一周の船旅に出ることを夢見る物語だ。



と言っても、この小説には
夢見るような甘い箇所は少しもなく、
結婚生活や仕事生活が不安定である現代を
ギュッと捕まえている。
貧しさをことさらに見せつけるのでなく、
関西弁を操り、どこかユーモラスに、
たくましく生きる女性たちを描いているのだ。



受賞作を読まなくても
審査員の選評は欠かさず読む僕だが、
山田詠美


  『蟹工船』より、こっちでしょう。


が秀逸だった。
この一行は、さっそく「文藝春秋」の広告コピーで
『ポトスライムの舟』の紹介に作者の写真とともに使われていた。
目のつけどころがいい編集者がいるものだ。



かつての審査員・開高健と同じく
辛口でならす石原慎太郎が、


  私としてはこの作者の次の作品を見て
  評価を決めたいと思っていたが、
  他の作品のあまりの酷さに、
  相対的に繰り上げての当選ということにした。


と書いている。
過去の石原の選評と比べれば
この作品への賛辞と受け取っていいだろう。


確かにまさに29歳から30歳を迎えるナガセは
作者である津村の同世代の働く女性であり、
それだけ思い入れも細部へのこだわりもあったろう。
この作品の出来映えがフロックであったかなかったか、
石原でなくとも、僕も次回作を読んでみたい。



それにしても、
小説が時代の産物であることを
思い起こさせてくれた作品であった。
不安も、貧しさも、僕たちのすぐ隣りに普通の顔でいる。


文藝春秋 2009年 03月号 [雑誌]

文藝春秋 2009年 03月号 [雑誌]


(文中敬称略。芥川賞選評は「文藝春秋」2009年3月号より引用)