「晩春」の嫉妬と孤独


小津安二郎「晩春」を観る。僕にとっての小津特集4作目。
能楽堂でのシーンが僕は一番気に入った。



父と能を鑑賞に来た娘。
父が目くばせであいさつした先には
父に後妻の話があった夫人の姿が見える。
父をこよなく愛する娘の顔が
能の謡とともに夜叉の顔に見えてくる。
それまでさんざん伏線を張っていた「嫉妬」の感情に娘がとらわれ
絶望するシーンである。


このシーンを観るだけで映画監督・小津の天才が分かるし、
原節子がどれほどの演技力を持った女優かが肌で理解できる。



小津映画は読後感がいいところがホッとする。
救いようのないエンディングの映画なら、
どんなによく書けたストーリーでも週末にわざわざ観る気にはならない。
大人にはときに上質の息抜きが必要であり、
僕にとっての小津作品は心を癒す一服の良薬なのである。



それにしてもラストシーンでリンゴを剥く父のなんと孤独なことか。
盟友を亡くした今、身にしみる。