小津安二郎『一人息子』(1936)


小津安二郎シリーズその9、『一人息子』を観る。


一人息子 [DVD] COS-016

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信州で養蚕業を営む母(飯田蝶子)は、
成績優秀な一人息子を東京の学校にやるために
田畑も家もすべて売る。
年月が過ぎ、息子は夜間中学の教師となり、
結婚してこどももできていた。
母はいまの職業も、結婚したことも、こどもができたことも
息子からはいっさい知らされていなかった。


初めて上京してきた母をもてなすために
息子は同僚から金を借り、妻は着物を売る。
そもそも余裕のない暮らしなのである。



ハイライトは、
現在の職にとどまるしか選択肢がなく
自分の人生が見えたと言う息子を母が叱る夜中のシーン。
妻も目を覚まし、母の言葉に泣く。
「出世」というものは、この時代、重かった。


母が故郷に帰った後、
昼間部の教員免許に挑戦する決意を固める息子。
一方母は故郷に帰り、
同僚と東京の話、ひとり息子のその後の話をひとしきりして、
ひとりになれたときに、フッとため息をつく。



青雲の志を持ち上京しながら、
いつしか志が錆び付いていく一人息子のその後の日々。
トンカツ屋を営む、かつての恩師(笠智衆)の姿がオーバーラップする。
一人息子のためには自分の幸せをすべて後回しにする母。
そこまで自己犠牲を払っても、決して思い通りにはならない人生。
誰かに愚痴を言う訳にもいかない。


小津映画の特徴である淡々とした物語展開の中で、
人間の気持ちのひだが嫌みなく描かれていく。



豊かになり、幾分スマートにも見える僕たちの現代の暮らしにしても、
一皮二皮剥いてみれば、そうした光景はそこここにある。
70年以上昔にこの作品が描いた主題は
大不況とみなが騒ぐいま、
古くて新しいものに僕には思える。


  wikipedia:小津安二郎
  wikipedia:飯田蝶子
  wikipedia:笠智衆