小林信彦「天才伝説 横山やすし」
(『定本 日本の喜劇人/エンターテイナー篇』所収)を読む。
「日本の喜劇人」(1982)は、
演芸・エンターテインメントジャンルの名著である。
僕は折に触れ、何度も読み直してきた。
- 作者: 小林信彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/04
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小林信彦のライフワークと言えるこの領域の著作を
全二冊の定本として2008年4月に完成したのが
『定本 日本の喜劇人』である。
読みごたえがあり、資料としても大変重宝する。
- 作者: 小林信彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1998/01
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「天才伝説 横山やすし」は僕は未読だった。
類い稀な存在感を持った漫才師、やっさんこと横山やすしは、
どうにも気になる存在だった。
小林は、この作品で関係者をすべて実名で出し、
ここまで書いてよいのか、と思われるほど
やっさんの魅力の本質に迫っていく。
関係者の感情ばかりおもんぱかっていては作品など書けない。
その様は、作家の業を思わせた。
けれど、同時に小林の筆致には抑制が効いており、
スキャンダラスな事件の数々にも感情移入しすぎず表現していく。
そのバランスが絶妙であるため、
ドキュメンタリーとしての完成度の高さが、この作品に生まれた。
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小林の作品「唐獅子株式会社」映画化の際に
やっさんを指名し、口説き落とし、出演させたのは
作者である小林本人だった。
自ら「やっさんワールド」にある時期身を投じ、
困惑、迷惑を感じながらも
横山やすしという才能に直接向き合っていた時間があったからこそ
この作品が書けたと僕は思う。
加えて、小林は恐るべきメモ魔である。
それだけに、事実関係と印象とを混在させない書き方が可能であり、
資料としての価値が高いのはその方法論によるところが大きい。
- 作者: 小林信彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2001/01
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やっさんは、1992年に謎の殴打事件に巻き込まれ、
1996年に肝硬変で死ぬ。享年51。
僕が思っていたより意外に若くしてこの世を去った。
横山やすしは「破滅型」ではない、「自滅型」である
と小林は喝破している。
身近にいたらこれほど迷惑な人はあるまい。
しかし、窮屈な日々の中で、
僕たちはやっさんのように本音や本能で生き、
当意即妙の芸を持つ人間を求める。
それは数値化できない人間の不思議であり、
芸の奥深さである。
もしそうした不思議や奥深さがこの世になかったとしたら、
人生はなんと味気ないことか。
wikipedia:横山やすし
wikipedia:小林信彦
(文中敬称略)