大坪弘道『勾留百二十日ー特捜部長はなぜ逮捕されたか』(2011)


大坪弘道『勾留百二十日ー特捜部長はなぜ逮捕されたか』(2011)を読む。
大阪地検特捜部・証拠改ざん事件は
その後どうなっているのか気になっていた。
まさに絶好のタイミングの出版であった。


勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか

勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか


大坪は元大阪地検特捜部長として
郵便不正事件(村木厚子らを逮捕)を陣頭指揮していた。
2010年9月、村木に無罪判決が下る。
その後部下であった前田元検事による
フロッピーディスクデータが改竄が判明。
犯人隠避容疑で最高検に逮捕。
検察庁を揺るがす大事件であったにも関わらず続報が減り、
事件のその後について情報が不足していた。
逮捕された大坪、佐賀が犯行を否認していることは聞こえてきたが
それ以上の事件の全貌が霧に包まれ見えてこなかった。


文藝春秋 2010年 10月号 [雑誌]

文藝春秋 2010年 10月号 [雑誌]


         (村木厚子手記掲載の「文藝春秋」2010年10月号)


本書は大坪が勾留期間中に獄中で書いた手記である。
最高検が大坪、佐賀元副部長にすべての責任を押しつけ
組織防衛を謀った構図がよく見えてくる。
検察官には起訴休職が認められず、
公判請求された瞬間、職を剥奪される。
退職金等の財産受給権も失い、
住宅ローン貸付金の一括返済も求められる。
弁護費用をどうするか。
収入が途絶え残された家族はどうやって暮らせばいいのか。



普通の人間ならこうしたハンディキャップを背負って
巨大組織・最高検と闘うことなど思いも及ばぬだろう。
へこたれてしまって偽の自供をしてもなんの不思議もない。
ところが大坪がこれまでの仕事、人付き合いで培ってきた信用が
彼自身の最大の窮地を救った。
獄中でときにくじけそうになる大坪を
物心ともに支援する人間が次々と現れたのだ。



村木を追い詰め続けた大坪が、
舞台が暗転したとたん追い詰められる側に回る。
力の作用も反作用も源は同じ構造の検察権力である。
ともあれこの書を執筆発表した大坪、
出版を実現した文藝春秋の勇気に感謝する。
日本の出版文化、ジャーナリズムの底力を見る仕事である。
佐藤栄佐久福島県知事の二冊の著作に続き、
国家と個人の現代的関係を司法の視点で考え直す絶好の一冊となった。


(文中敬称略)