川上弘美『おめでとう』(2000/2007文春文庫)


川上弘美『おめでとう』を読む。
閉塞感どころか閉塞そのものの昭和史を読み込んでいると
息抜きが必要になる。


おめでとう (文春文庫)

おめでとう (文春文庫)


人はなぜ人を恋うのだろう。
国語辞典を引くとこうある。


    本来は、時間的、空間的、心理的
    離れてしまった対象に思いが残り、
    それに心ひかれて嘆き悲しむ


言いかえれば欠落に対して心がひかれるということだ。
恋愛前の欠落、恋愛中の欠落、恋愛後の欠落。
男女の恋愛に限らずとも女友達同士の欠落。
過去の欠落。現在の欠落。未来の欠落。
そうした欠落に心ひかれる12の物語を
川上は余計な説明ぬきで読者に差し出す。



文章の湿度は湿りすぎず乾きすぎず
少なくとも僕にはほどよい。
物語の結末を追うよりも、
文章そのものに耽溺できる感覚が川上の小説を読む悦びだ。



パリに住むある評論家が
川上作品を激賞したと解説で紹介している。
それが誰であるか僕は知らないが、
成熟した社会に暮らす大人であれば当然のことだろう。
欠落を埋めることなど誰にもできないが、
恋う行為の大切さを思い出させてくれる文章が世の中に存在する。
それだけで大人にはかなり幸福なことなのだ。




(文中敬称略)