村上春樹『木野』(2014)


村上春樹『女のいない男たち3 木野』を読む。
(『文藝春秋』2014年2月号所載)
この短編シリーズも3作目。
いつまで続くのか、本誌にも一切情報がない。



これでもし連載が一年続くのなら、
文藝春秋』、なかなかやるじゃないかと思う。
村上春樹の新作原稿が欲しい出版社、雑誌は山ほどあろうから、
よほど腕利きで信頼されている編集者がいることになる。
(それとも村上自身が『文藝春秋』を短編発表の場に選んだのか)


僕はこれまで掲載された3作で、
今度の『木野』が一番好きだ。
木野が始めたバーにやってきた猫の姿が消え、
代わりに蛇が現れる。それも一匹二匹ではない。



   (同居人手作り「牡蠣のグレープシードオイル漬け」)


木野のバーで最初の常連客となった神田(かみた)の忠告で
木野は店を閉め、旅に出る。
そして、神田との約束を忠実に守っていた木野が
たった一度だけ、その約束を破ってしまった。
いったいなにが起きるのか。
すべてを書き切るのではない短編ならではの味わいである。
文字で書かれたこと以上の物語を想像してしまう。


短編シリーズに登場する主人公の男たちは煮え切らない。
妻に不倫をされ先立たれる(『ドライブ・マイ・カー』)。
恋人との距離を詰め切れないまま男が蒸発する(『イエスタデイ』)。
同僚に妻を寝取られ離婚される(『木野)』。
そして、その空虚さから、
次の物語がゆっくり立ち上がろうとしている。



さて、4作目はあるのか。
村上は『1Q84』発表のときも
読者が物語に入り込む邪魔を一切許さなかった。
いくらでもキャンペーンする余地はあったにも関わらず。


近頃はなにかと情報過多で煩わしいことが多いから、
村上と出版社の配慮がいっそ清々しい。
多くの読者がついている小説家の第一人者だからこそなしうる
寡黙のサービスが一読者として有難い。


文藝春秋 2014年 02月号 [雑誌]

文藝春秋 2014年 02月号 [雑誌]


(文中敬称略)