小山田浩子『穴』(2013)

小山田浩子『穴』を読む(「文藝春秋」2014年3月号所載)。
書き出しはこうだ。


   私は夫とこの街に引っ越してきた。
   五月末に夫に転勤の辞令が出、その異動先が
   同じ県内だがかなり県境に近い、田舎の営業所だったためだ。


        (上記「文藝春秋」p.332より引用。以下同じ)



なにも起きそうもない退屈な生活にさざ波が立つ。


   ソファでうつらうつらしていた私の携帯電話に、
   見知らぬ番号が着信した。
  「あさちゃん、ごめん、今大丈夫?」
   私はとっさに身構えたが、出ると姑だった。


                   (同p.344より引用)


姑に頼まれ、コンビニまで振り込みに出かける
主人公あさひは最初の異変に遭遇する。


   私と対峙するようにイナゴは数歩こちらに歩いてから
   くるりと反対側を向き、急に翅を広げて飛んで行ってしまった。
   向かった先に視線を向けると、黒い獣が歩いていた。


                   (同p.347より引用)



そして異変が連鎖し始める。


   私は穴に落ちた。
   脚からきれいに落ち、そのまますとんと穴の底に両足がついた。


                    (同p.348より引用)


これから先は未読のみなさんのお楽しみを
邪魔してはいけないから紹介を控える。
小山田は物語をこう書き終える。


   家に帰り、試しに制服を着て鏡の前に立って見ると、
   私の顔は既にどこか姑に似ていた。


                    (同 p.385より引用)



どこまでが日常で
どこからが非日常なのか
読み進むうちに境界線が分からなくなる感覚が面白い。


穴


小山田は1983年生まれ。
これからの作品も楽しみな作家だ。
第150回芥川賞受賞作。



(文中敬称略)