平日に小さな旅を


旅したときの酒はなぜうまいんだろう。
あるとき、ふと考えた。
無論、日常から離れた開放感やら
知らぬ土地にいることの興奮など考えられる要素はいくつかある。



僕は風呂ではないか、と思った。
旅館に着いて、やれやれ、というとき、
みなさんもまず一風呂浴びて、それから宴席となるでしょう。
あれ、です。



ということは日頃酒を飲む夜に、
まず一風呂浴びてから飲むことにすれば、
きっと、いまよりもっとおいしく飲めるに違いないと考えたのです。
まったく飲ん兵衛は意地きたないねと言われれば、
返す言葉もありません。


以来、鞄に手ぬぐいをしのばせて、
仕事を終えて家路につくまでにちょっと一杯という夜は、
まずはその町の銭湯につからせてもらってから、
ご近所の店で一杯となるわけです。



おりしも、東京都の銭湯組合が「銭湯お遍路」の企画を始め、
東京の銭湯マップとスタンプノートを発行。
このおかげで知らない町の銭湯めぐりが
どれほどラクチンになったことか。
銭湯界における伊能忠敬の仕事と言うべき企画です。



というわけで、昨夜は新高円寺に足を伸ばして、
まずは杉並29番・杉並湯で一湯。
小ぶりの銭湯だけれど、湯質は柔らかい。
湯上がりには以前から手帳に書き留めていた
居酒屋「天★(てんせい)」におじゃまします。
神奈川の酒「天青」がいわばハウス日本酒で店名の由来です。



  (上の写真は、夢心酒造ホームページより引用)


この店は以前、福島の酒「奈良萬」を出している
夢心酒造のホームページで取り上げられていました。
いわく、昨年12月8日に
奈良萬の新酒を世界で最初に呑む会」を開催したとあります。
そんな粋な催しを企てる店が期待外れの訳はない。



奈良萬」は同居人のクライアントが
正月、福島の郷里に帰省した折、
土産にとわざわざ一升瓶で持ち帰ってくれた酒。
爾来、我が家でも有名になった銘柄です。
こうして人と人が酒の縁で結ばれてゆき、
その縁が今宵僕を高円寺に運んできました。


「天★」はこの日がちょうど開店四周年。
記念に「天青」樽酒を一杯200円でふるまってくれました。
開店当時からの8席のカウンター(ビールケースに座布団)と
昨年11月に拡張した小あがり18席があります。



常連のお客さんにまじって、
湘南ビール(小麦原料のバイスビール)、
天青、夢心、結人(むすびと)(にごり)の順でいただく。
日本酒は半合で出てくるのであれこれ試飲できる。


おつまみは、付き出しが静岡産の焼きタケノコ。
多彩なメニューからほうれん草と焼き油揚げ煮浸し、
桜鯛の刺身生海苔和え、がっこチーズ(刻んだいぶりがっこ
チーズで球状にする店の名物)を注文する。
どれもこれも日本酒に合う。
「天★」は日本酒を味わう店なので焼酎、サワー類は断固置かない。



今宵も深酒にならぬうちにほろ酔いで引き上げる。
これもひとりで飲むときのペース。
ほどよくアルコールが回って血行がよくなり、
駅まで歩く中途で夜桜を愛でる。
生きててよかったなぁ〜、となんだか思えるひととき。
僕にとって暮らしの句読点になる「平日の小さな旅」なんですね。