佐藤泰志『海炭市叙景』(2010: 初出1988-1990)


僕が頼りにしているブック・レビュアーが何人かいる。
週刊文春』に「文庫本を狙え!」を連載中の坪内祐三はその一人だ。
小西甚一『古文の読解』をいち早く知り読んだのもこのコラムのおかげだ。
文庫本のブック・レビューでは、現在ピカイチだと思う。


海炭市叙景 (小学館文庫)

海炭市叙景 (小学館文庫)


639回で坪内が紹介した佐藤泰志海炭市叙景』を読んだ。
18の短編連作からなる小説で、
佐藤が生まれ育った函館をモデルに
架空地方都市、海炭市を作り上げる。
「海」は漁業・港湾、「炭」は炭鉱の象徴で
どちらも衰退し、失業者を大量に生んでいる。
その海炭市に暮らす18人の主人公が、
互いの人生を交錯させることなく織りなす物語である。



どの登場人物にも日々生きること、自分の人生そのものへの
不安や渇きがある。それは現実を生きる僕らも同じことだ。
佐藤のまなざし、物語の構築方法について、
僕はクシシュトフ・キェシロフスキ
連作テレビドラマ『デカローグ』を連想した。
佐藤の文体には体温があって、
かつ感情におぼれぬ抑制があるのが心地よい。
どの物語も終わった後に言い得ぬ余韻があるのだ。


デカローグ DVD-BOX (5枚組)

デカローグ DVD-BOX (5枚組)


秋の9篇、冬の9篇と続いた連作は、
執筆されるはずだった春の9篇、夏の9篇に続くことなく終わっている。
佐藤が1990年、41歳の時に自死を選んだためだ。
しかし、その事実が
小説の評価を上げ下げするものではないと僕は考える。
この一冊を残したことで、
佐藤泰志は僕の記憶に残る小説家になった。



12月上旬からユーロスペース他で
この小説を原作とする同名映画が公開される。
今年の東京国際映画祭コンペティションに出品された作品だ。
僕も時間を作って、暗闇の座席で
もう一度佐藤の創り上げた虚構の世界に生きてみたいと思う。



(文中敬称略)