その夜の二軒目。
久しぶりに三軒茶屋のバー、Cieloに行こうと思い立ち、
友人S氏とすずらん通りを探すがどうにも見当たらない。
何度も行ったり来たりして、
しまいには別の店の前で客引きをしていた
お姉さんにまで尋ねるが分からない。
僕が知らないうちに、店じまいしてしまったのか!
勘違いだった。
いや、勘違いではあるが、
店の入り口が分からなくなるくらい、
きっちり店を閉めていてこう貼り紙がしてある。
海外研修・買付の為、
誠に勝手ではございますが、
2/7(月)〜2/28(月)までお休み頂きます。
3/1(火)より通常営業いたします。
BAR CIELO
そうであったか。
この店のマスター稗田氏はまだ若いが勉強家である。
毎年のようにスコットランドの蒸留所まで出向き、
勉強と買付をしてくる。
それならそれで仕方ない。
いまどき収入減を覚悟して三週間も店を閉め
現地まで酒の勉強に出かけるバーテンダーは稀少である。
3月になれば買い付けてきたシングルモルトの幾つかを
僕たちにも飲ませてくれるはずだ。
(後記3/5: 今回はアフリカ・マダガスカルで
おいしいラムから粗悪なラムまで
多品種を仕入れてきたことが判明)
気を取り直し、S氏に別提案をしてみる。
東急世田谷線に乗って一駅、西太子堂で降りる。
Kという普通の酒屋に見えるが、実はこの酒屋、奥がある。
会員制の角打ち。その名も「Kのおく」と言う。
簡易な椅子、テーブル、ソファが用意されていて
親父自慢の日本酒、ビールを飲ませる。
週替わりの日本酒飲み比べセット(60ml x 3)に
チーズ二種二切れ付いて520円(その週に出す酒によって値段は変わる)。
前田のクラッカー50円、瓶から取り出すスルメイカ35円を
つまみとして追加注文する。
こうした店で「接待」すれば怒り出す人もいるに違いないが、
S氏は粋人。「おもしろい」と喜んでくれた。
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小林秀雄がこう書いている。
(前略)
独酌に好都合な飲み屋は、
戦前までは、東京の何処にでもあったのだ。
料理も出ないし、女もいないが、酒だけは滅法いい。
そういうところには、
期せずして独酌組が集まるものらしく、
めいめい徳利をかかえて空想したり、
考え事をしたりしていた。
ああいう安くて極めて高級な飲み屋が広い東京の事だ、
まだ一軒くらいありはしないか、と時々思う。
(「東京」23-二〇六)
(新潮社編『人生の鍛錬 小林秀雄の言葉』p.196より引用)
もし小林が存命であったなら、
「Kのおく」に一度お連れしてみたかったなと思うのだ。
酒が傷まぬよう照明を控え、
地方の小さな蔵が作った日本酒を整然と並べる。
青札を付けた銘柄は1/3合(60cc)から注文できる。
好きな本を持ってひとりでふらり訪れれば、
酒の飲める大人の図書室になるという寸法だ。
Kの親父のブログ、
「世田谷線西太子堂駅前の酒屋のヒトリゴト」が面白い。
酒を飲み、己が気に入った酒を売ることを天職にした人だ。
在野にはなかなかの人物が隠れているものだと感心する。
そうした人たちを発見し、
直接でなくとも間接的にゆるやかに交流できるのが
ソーシャルメディア時代の果実であると僕は思う。
(文中敬称略)