小塩節『ドイツ語うるわし〜心に残る珠玉の名言〜』(2009-)


ミュンヘンに本社を持つお得意さんの仕事を始める機会に
ドイツ語の勉強を再開した。30年ぶりのことである。
月曜から金曜まで毎日15分のラジオ講座。もうすぐ6年になる。
12歳のときに公立中学の授業と
NHKラジオ講座『基礎英語』で始めた英語と違って、
再開したドイツ語は50の手習い。
進歩はごくごくゆっくりである。


敬愛するアンドルー・ワイル医学博士によれば、
新しいOS(コンピュータの基本ソフトウェア)と新しい外国語の取得は
脳の活動を活性するために最適である。
普段と違う脳の領域を使って遊んでいるのだ。
まぁ、進歩がゆっくりでもそれはそれでいいとしよう。



応用編の小塩節(おしお たかし)先生は
僕の大好きな先生のひとり。
大変な博識であるし、なんたって声がいい。
ラジオ講座で耳から学ぶ愉しさが倍増するのだ。
小塩講座の題名は『ドイツ語うるわし〜心に残る珠玉の名言〜』。
上期は再放送だが、下期は新作である。
例えば2月のプログラムでは、
シンツィンゲル、ツェルター/ゲーテ、ルターと続き、
最終週は先生が選んだドイツ語の唄を取り上げる。
今月は『魔王』。ゲーテ作詞、モーツァルト作曲。



第一週のシンツィンゲル教授の名言は、


   Sofort oder nie.

   (今すぐに。そうでないと、いつまでも駄目。
    即座に。さもないと、けっしてできぬ。)
   (英語にすれば: Now or never.)


   (NHK「まいにちドイツ語」2月号テキストブック 
    PP.54-55から引用)



小塩先生が自身のドイツ語スピーチについて助言をもらうために
シンツィンゲル教授を訪ねた折り、
教授が「手紙」に関しておっしゃった名言である。
つまり、手紙をもらったら、すぐに返事を書かなくては、
結局返事を出せなくなる、というのだ。
いまならさしづめメールだろう。


15分の番組では小塩先生が名言にまつわる背景、
シンツィンゲル教授の人となり、自分との交友などをお話になり、
ドイツ語の言葉づかいや文法の解説がそれに続く。
教授は弟子の山本明、南原実両氏と編集した
『現代独和辞典』(三修社)で広く知られている。


新現代独和辞典

新現代独和辞典


言葉は文化の精髄である。
その国の言葉を学べば、
自分の母国語・文化に基づくものとは異なる思考、感覚を体験する。
取得の度合いに応じて、その味わいは少しずつだが深くなっていく。
僕が仕事をしているブランドを理解するにも、
遠回りのようだが、実は役に立っている。
なぜなら言語もブランドも
人間が時間をかけて創りあげてきたものであり、
人は言語なしには発想も創造もできない。
言語に縛られている存在であるからなのだ。



38年前に初めてドイツ語を教えてくださったドイツ女性講師が
そのとき断然推薦したのがシンツィンゲル教授の辞書だった。
僕が持っているのは1973年2月1日発行の第一版。定価1,300円。
1950年に教授が着想してから23年。
僕が大学に入る二ヶ月前に
ようやく完成したばかりのドイツ語辞書だったのだ。
教授の名前の日本語表記は
「ロベルト・シンチンゲル」となっている。
人の縁が歳月、土地を越えて結ばれていくのが面白い。
教授たちの苦心の作品である辞書を
また使わせていただくことにしよう。