デジタルと野生


パリに寄っている。
オペラ座の近くのホテルは東京にいるときExpediaで見つけた。
そのとき、ディスカウントしていた最後の一室だった。
いちおう四つ星である。一泊料金113.19ユーロ。
定価は知らないが、物価の高いパリだから三倍しても不思議はない。




このホテルのロビーには朝日と読売の衛星版が置いてある。
「日本からの若い女性客が多いんだよ」
主人がニヤリとしながら教えてくれる。
僕たちが住んでいるデジタル・インフォメーション時代とは
こういうことなんだな、と肌で知る思いだ。


どこかの都市で空いているホテルの一室を
遠くの国の誰かが予約して、
ホテルは空室を防ぐことができ、ゲストは割引料金を手に入れる。
予約番号の入った紙をプリントアウトして持って行けば、
フロントで混乱する恐れもない。



  (後日談がある。
   僕はクレジットカードで既に支払い済みだったが、
   フロントで相手も僕も気づかずもう一度払ってしまった。
   翌朝、別の女性が丁重に僕に謝り、
   そのときまでには僕の口座に払い戻しが済んでいた。
   お互い人間だから失敗はあるが、
   すべての記録が残っておりすぐに修正ができた。
   なにごとも経験である)



  (さらに後日談がある。
   フロントと僕が失敗したおかげで分かったことがある。
   僕がExpedia Japanに支払ったお金は18,045円。
   フロント女性が僕に間違って請求したお金は13,140円。
   いずれも市税1.5ユーロは除く。
   となれば、Expediaはこの取引で
   4,905円、27.2%の利益を稼いだことになる。
   プラットフォームができてしまえば
   Expediaの人件費はかからない。
   ホテルにとってはどの価格で泊めようと
   客は客だから手抜きはできない。
   さて、この取引でトクをしたのは誰なんだろう?
     ーと、ちょっとマイケル・サンデル教授風)



夕食に出かける。
フロントでもらった一枚の地図は持って行くが、
今度はGPSもアプリも使わない。
自分の足で歩き、自分の目で見、自分の感覚を信じて、
一軒のレストランを選択する。
都市にいても野生の勘を磨くことはできるし、
外国の慣れぬ都市で、それなりの晩飯にひとりでありつく能力を
失ってはならないと僕は思うのだ。