川上弘美『どこから行っても遠い町』(2008/2011新潮文庫)


川上弘美『どこから行っても遠い町』を読む。
ふとしたきっかけで『センセイの鞄』を読んで、
川上の文章のリズム、ストーリーの運びにすっかり魅了された。
いったん魅了されてしまうともうタイトルからしてたまらない。


どこから行っても遠い町 (新潮文庫)

どこから行っても遠い町 (新潮文庫)


どこから行っても遠い町。
僕は京王線の下高井戸あたりを頭に浮かべながら読み進めたが、
人によって想像する情景は少しずつ異なるのだろう。
どこから行っても遠い町を舞台にした11の短編である。
それぞれに主人公となる人物がいて脇役がいて、
11の物語が絡み合いながら全体を構成している。



商店街の魚屋「魚春」に嫁いだ真紀が
最後の物語の語り部になる。


   あたしが死んでから、もう二十年以上がたちます。
   あたし、春田真紀という女が、今でもこうして生きているのは、
   平蔵さんと源二さんの記憶の中に、まだあたしがいるからです。


                   (pp.351-352から引用)


真紀は心臓の病で40そこそこで逝ってしまう。
夫の平蔵と真紀の愛人だった源二は
「魚春」でなぜか一緒に暮らしている。
二人が真紀と暮らした記憶が真紀を今でも生かしている。
11の物語はそれぞれの人たちの記憶の物語である。



読み終えてこの町はさらに遠く霞んでいく。
どこから行っても遠い町は、
あなたの暮らす町にも私の暮らす町にもどこか似ている。
結論めいたものも教訓めいたものもない小説という表現形式が
僕に少し宙ぶらりんな余韻を残してくれる。


(文中敬称略)