2012極私的ベスト10(書籍篇)


今年完読した本は56冊。
週1冊、社会人としてはまぁ無理のないペースであろう。
10点満点で採点して7.0以上獲得した15冊をショートリストとした。
同点書籍を見直し、同一著者著作を複数入れるかどうか再検討した。
読んだ書籍に点数をつけることは
本来さほど意味のあることとは思わない。
「デジタルノート」読者の参考になるかどうかもよく分からない。
備忘録を兼ねた年末の座興と受けとめていただけると有難い。


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第1位 ジョン・バイロン/ロバート・パック
   『龍のかぎ爪ー康生(上)(下)』(田畑暁生訳)(2011)8.1


龍のかぎ爪 康生(上) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(上) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(下) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(下) (岩波現代文庫)


悪党の話はなぜかそそられる。
ましてそれが史実であるならば。
この本を読むまで中国史において康生という人物のことも
彼がどんな役割を果たしたのかも僕は知らなかった。
田畑暁生が大学院生のときに訳した著書が
20年以上経って岩波現代文庫二冊本として日の目を見た。
この本を読んだいまとなっては
康生を知らずして中国現代史を語ることは無意味とすら思える。
本書は坪内祐三の「週刊文春」連載書評コラム
文庫本を狙え!」で知った。
2012年は坪内の書評によって読書の幅が広がった年でもあった。
本の目利きに感謝したい。


第2位 宮崎市定雍正帝ー中国の独裁君主』
   (1950/1957初出; 1996文庫版)  7.5


雍正帝―中国の独裁君主 (中公文庫)

雍正帝―中国の独裁君主 (中公文庫)


2011年に続いて今年も宮崎の著作に啓発された。
雍正帝の採用した「奏摺(そうしょう)」に僕は一番興味を持った。
通常の上奏文と異なり
天子に直接報告できるコミュニケーション制度である。
一歩間違えば密告制度に陥る。
しかるに権力者が「裸の王様」であることを免れる
絶好の手法にもなり得ることをこの独裁君主は証明している。
現場から情報を受け取るだけでなく、
帝からの丹念なフィードバックが史料として残されているのだ。
その史料を宮崎が精密に読み込み大胆な仮説に昇華させ
僕たち読者に届けてくれる。
本書は昭和天皇の愛読書でもあった。


第3位 山村修『増補・遅読のすすめ』
   (2002/2012増補文庫版)7.4


増補 遅読のすすめ (ちくま文庫)

増補 遅読のすすめ (ちくま文庫)


山村は<狐>の署名で毎週水曜日、
日刊ゲンダイ」に書評を書いていた。
本業は大学図書館司書である。
その書評がやがて評判になり、
いったい誰が書いているのかずいぶんと詮索の種になった。
山村は速読多読を最高の技術とすることに異議を唱える。
大量の資料を読みこなす文筆のプロフェッショナルはともかく
社会人は「遅読」を愉しみたいと言う。
ゆっくり読むことでしか味わえない文章、行間があり、
それこそが人生最高の悦楽のひとつであるからだ。
「遅読」を薦める山村は寝転んで本を読むのでなく
自宅でも立ったまま本を読み著者と対話する孤高の人だった。
<狐>の存在も坪内祐三の書評で知った。


第4位 高峰秀子『わたしの渡世日記(上)(下)』
   (1976/2012文庫版) 7.3


わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)

わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)

わたしの渡世日記〈下〉 (新潮文庫)

わたしの渡世日記〈下〉 (新潮文庫)


女優・高峰秀子の前半生は
もうひとりの高峰秀子、義母との格闘だった。
ふたりの高峰秀子が光と影のように絡み合い対立し合って
ひとつの高峰秀子像を結んでいた。
女優がゴーストライターを使わず書いた本で
高峰ほどの文章を読んだことはほとんど記憶にない。
簡潔にしてユーモアがある。
悲惨な内容すら味わい深い。
沢木耕太郎の巻末解説がスパイスが効いていて絶品。


第4位 川上弘美センセイの鞄』(2001/2011新潮文庫版)
    7.3(同点)


センセイの鞄 (新潮文庫)

センセイの鞄 (新潮文庫)


芥川賞を取ったときから
川上弘美の名前と作品名くらいは知っていた。
けれど僕が川上に出会ったのは、今年、2012年だった。
一冊目を読んでその世界にすっとなじみ、
以前の作品、エッセイを次々に読んでいった。
どれも捨てがたいが一冊選ぶとなると、
代表作であるこの作品に落ち着いた。
僕が一番好きなのは、センセイの幻想的な世界に
ツキコさんが一緒に入り込みカップ酒を呑むシーン。
なんせ幻想だからいくら呑んでもカップ酒は減らないのだ。
川上はこれから長く付き合う作家となるだろう。


第6位 孫崎亨『戦後史の正体 1945-2012』
   (2012) 7.2


戦後史の正体 (「戦後再発見」双書1)

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書1)


本書ほど書評、ブログで賛否両論別れる著作は
今年の出版界で特筆される。
蛇蝎のように著者や本書を嫌う人も多いが、
僕が読む限りその反論にはたいした根拠がなかった。
どちらが独りよがりなのか分からない。
アメリカや中国と日本の関係について自分の頭で考えてきたが、
孫崎の視点や洞察にはそれほどズレを感じなかった。
むしろ大変参考になった。
僕が務めている会社のビルの地下書店で
ベスト10上位に入っていたのがきっかけで手にした。
孫崎の本の中で本書が一番中身が濃いように僕には思えた。
高校生に向けて書いた視点がよかったのか。


第6位 早野透田中角栄ー戦後日本の悲しき自画像』(2012)
   7.2(同点)


田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)


なぜいまさら田中角栄なのだろうと疑問に思ったが、
読み始めたら内容の濃さに気づいた。
田中はある時期、日本人の無意識の集合のシンボルだった。
戦後の成長期と呼ばれた時代だ。
その時代が過ぎ、田中が失脚し、
田中時代の政策の弊害があらわになったとき、
人々は田中を忘却し、すべてをなかったことにしたいと思った。
しかし、それは歴史の事実であり、
「戦後日本の悲しき自画像」であったと早野は書く。
田中角栄に目をそむけぬことが、
日本の未来を見ることにつながると僕は思う。


第8位 加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
  (2009)7.1


それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ


本書は2007年年末から2008年の正月にかけて
栄光学園の17人の中高生を相手に5日間行った講義の集大成である。
加藤は日本近現代史専攻の東京大学文学部教授である。
まずはこうした試みを実現したことに拍手を送りたい。
若者たちが自国の近現代史を学ばずして
世界の人間と付き合うことはできない。
加藤は日本が近現代に選んだ5つの戦争に着目し、
生徒たちとの議論も交え自分の考えを説いてゆく。
そのプロセスには知的な悦びがある。
多くの中高生に読んでもらい彼らの意見を聞いてみたい。
第9回小林秀雄賞受賞。


第9位 <狐>『狐の書評』(1992) 7.0



狐の書評 (活字倶楽部)

狐の書評 (活字倶楽部)


2012年の読書生活について正確に記憶しておくために
やはりこの本をベストに入れておきたい。
<狐>は山村修が書評を書くときのペンネームであり、
この本が第一作に当たる。
<狐>が残してくれた数冊の書評著作を読むと
読書の世界が過去から現在、未来へと
豊かに広がっていることを再認識できた。
在野には希有の知性を持ちながら奢らず目立たず
知恵を僕たちに共有してくれる奇特な人がいるのだ。


第10位 庄司薫『ぼくの大好きな青髭』(1977/2012新潮文庫版 )
    7.0


ぼくの大好きな青髭 (新潮文庫)

ぼくの大好きな青髭 (新潮文庫)


8月末から9月はじめにかけて
胆嚢摘出手術を受けるため入院していた。
病院1階コンビニエンスストアの文庫本棚の前に立ったとき
この本が目に飛び込んできた。
およそ半世紀ぶりの薫くんとの再会であった。
四部作の中で<青>を象徴するこの作品の記憶はどこかに飛んでいた。
病院のベッドで、あるいは休憩室で少しずつ読み継ぎ、
薫くんの生きた時代と自分の立ち位置を思い出していた。
僕たちが何に対して闘っていたのか。
その闘いは終わったのか。
勝ったのか。負けたのか。引き分けか。
そんなことに思いをめぐらせながら読んでいた。
痛みさえなければ病室は読書に絶好の環境になる。


次点 西原理恵子『生きる悪知恵ー正しくないけど役に立つ60のヒント』
  (2012)7.0


生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)

生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)


サイバラの毒舌が人生相談でどう活きるのか、活きないのか。
ワイドショーを眺めるような好奇心で本書を手に取った。
しかし、しょうもないと僕が思える相談にも
頭と口だけでなく全身で真摯に答えようとするサイバラを見るうちに
感動のようなものが生まれてきた。
この人は自分が苦労してきたことをムダにせず肥やしにして
いまを懸命に生きているんだなと思った。


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自分の極私的ベスト10をあらためて眺めると
他のどんな書評ベスト10にも似ていない。
他の誰にも似ていないことを僕は誇りに思う。
次点までの11点はノンフィクション9点、小説2点という配分になった。
さらに細かく見れば日本近現代史3、中国史2、書評・読書法2、
自伝1、人生相談1、小説2である。
自分の2012年を象徴しているように思える。


なにかひとつでも
みなさんの参考になる部分がこの極私的ベストにあるのなら
望外の幸というものです。
みなさん、いい年末のひとときをお過ごしください。