井上ひさし『ブラウン監獄の四季』(単行本1977/河出文庫2016)


若い時分に単行本で読んだ記憶があるから
僕は既に社会人になっていただろうか。
道化のユーモアをまといながら、
これほど反骨で、これほど激しく闘っていたのだなぁと思った。
井上ひさし『ブラウン監獄の四季』(単行本1977/河出文庫2016)を読む。



井上が24歳秋から38歳春まで(1958年秋から1972年春まで)
主として日本放送協会NHK)で
放送作家として仕事をしていた時代を振り返ったエッセイだ。
エッセイから普通想像されるような身辺雑記にとどまらない。


新訂 徒然草 (岩波文庫)

新訂 徒然草 (岩波文庫)


NHKに対して愛憎半ばと思われる率直な物言い、
女性の権利を訴える匿名女性への反論、
政治家、財界人の偽善、悪徳への直言。
その鋭く、かつユーモラスな舌鋒は
数十年ぶりに再読すると吉田兼好の筆を思わせた。
井上の凄みは切れ味鋭い思考と言葉の刃物で
自分の言動をも裁き、しかも後味にユーモアの余韻を残すことだ。



山元護久との共作『ひょっこりひょうたん島』が
なぜこども、おとなを問わず人気を博したのか。
正直な観察、歯に衣着せぬ言葉、
自分をも笑い飛ばすユーモアが秘密だったように思える。
井上、山元が自らを「ザ・ドーナッツ」と呼びNHK考査室と戦った
「ザ・ドーナッツ、考査室と戦う」の二章は抱腹絶倒。
ふと我に返ると、メディアの言葉の規制は
この時代よりさらに悪くなっていることに思い至る。



本書初出(講談社小説現代」、1973-76)から40年を経て、
テレビ界という「ブラウン監獄」はいま、どんなだろうか。
あの世から井上はどんな顔でこの監獄を眺めているだろうか。
講談社文庫(1979)を定本とし、河出文庫として復刊。
テレビメディア、表現の自由などを考え直すのにふさわしい一冊。


wikipedia: 井上ひさし
wikipedia: ひょっこりひょうたん島


追記:
Wikipediaで「井上ひさし」項目を読んでいたら、
本人が義父のDVに悩み、
本人も西館好子夫人にDVを働いていたことが書かれていた。
どこまでが真実か、この記事だけでは無論判断はできないが、
ユーモアに包まれた鋭い刃が、創作する自身を苛むだけでなく
配偶者の身体、精神まで傷つける姿を想像して、
人間の業の深さを考えさせられた。


(文中敬称略)