やりたくないこと、できないこと


約2年前に定年退職する機会に、
はて、次に何をやるかを考え、二軸チャートを作った。


   やりたいこと↔やりたくないこと
   できること↔できないこと


の二軸でこれからの自分の仕事を考えてみたのだ。


定年とは先々に不安を覚えながらも希望が広がるタイミングでもあり、
うっかりすると希望は妄想との境界線をひょいと乗り越えて
あれよあれよと膨らみ出す。
己というものを知らぬ危険領域である。



ボンヤリ考えているときは、
「やりたいこと」「できること」が広がっていく。
が、いざチャートに書き出してみると、
「やりたくないこと」「できないこと」の象限に書き込む項目が
どんどん増えていく。


あ、そうか、
僕にはこんなにやりたくないこと、できないことがあったのか。
60年生きてきてようやく気づくのだからおめでたい。
妄想をふくらませて夢と勘違いしている場合ではない。
肩書きを返上し、収入が激減するいまこそ
「やりたくないこと」「できないこと」から一目散にずらかることを
最優先事項にしなくては、60代は危うい、つまらん。
そう考えた。



その検討段階で、「これはできないっ!」と
真っ先にあげた仕事のひとつが高層ビルのガラスそうじ。
バルセロナサグラダ・ファミリア(聖家族教会)に行ったとき、
手すりのない階段を上りつつ、降りてくる人とすれ違いざま、
「あ、僕には高所恐怖症があったんだ……」
と気づいて突然怖くなった。
だって、真っ逆さまに落ちたら即死だし、
それも「自己責任」というお国柄なのだ。


この女性は時給いくらで仕事を受けているのだろう?
今の時給を三倍にしてやると言われても
僕には無理だ。
仮にあのゴンドラに乗れたとして、
下を見て高さにビビってオシッコがしたくなったらどうする……
僕が働いているのは、41階なのだよ。
ガラス越しに平然そうに仕事をしている女性を見て、
僕には尊敬以外の気持ちが浮かばない……