佐藤優、加計(かけ)学園事件を暗示的に読み解く


スクラップブックから。
週刊東洋経済2017年6月10日号。
佐藤優「知の技法、出世の作法」(第487回)。
澤田昭夫『論文の書き方』(講談社学術文庫)の読み解きシリーズ
総合的な知の技法「表現法」を学ぶ④



読者から寄せられた質問、
「問題の場」とトピック(問題)の区別がわかりにくい、に答えて、
佐藤優が加計(かけ)学園事件について読み解く知的仕掛けが面白い。
以下、同誌p.90から引用する。


   たとえば、「日本の教育が問題だ。
   このままでは日本の将来が危ぶまれる」
   というような話をときどき耳にする。
   しかし、こういう言説は問題の場について述べているにすぎず、
   トピックにはなっていない。


   この問題の場からいくつものトピックが生まれる。
   具体例を挙げよう。
   例えば「文部科学省の前事務次官が、
   現役時代に売春が行われていると思われる
   新宿歌舞伎町の出会い系バーに複数回出入りし、
   女性を連れ出していたという話だが、
   この行為は教育行政をあずかる者として容認される行為か」
   という命題になれば、これはトピックだ。



   このトピックに対して、
   「前次官は女性や子どもの貧困を知るためと言っているが、
   そんな破廉恥な言い訳が通用するわけがない。
   教育は人だ。
   こんな人が教育行政の事務方責任者だったということは大問題だ。
   すべての次官経験者の現役時代の問題行動を徹底的に洗い出し、
   責任を追及すべきだ」
   という見解もあるだろう。


   その一方で、
   「褒められた行為ではないにせよ、
   勤務時間外の個人のプライバシーに関する事柄なので、
   問題にすべきではない。
   むしろこのタイミングでなぜこのような情報が
   特定の新聞社(引用者注:讀賣新聞)に流されたかということを
   解明する必要がある。
   公安警察が収集した情報が時の政権の意向によって、
   政権によって都合のよくない人物の信用を失墜させるために
   用いられうるようなことがあってはならないので、
   むしろ情報の流れについて徹底的に調べるべきだ」
   という見解もあるだろう。



讀賣新聞2017年5月22日朝刊より)


   また、この問題の場から
   こんなトピックを選ぶこともできるだろう。
   「前文科次官が記者会見を開き、政府が存在を認めていない、
   某大学開設に当たって首相官邸からの働きかけがあったという文書は
   確かにあったと認めたことをどう評価するか」
   という命題だ。


   これに対しては、
   「現役時代は真実を明らかにすれば、
   文科省に不利益があると考え、
   政治圧力に屈してしまった慚愧(ざんき)の念から
   真実を告白したのは立派な行為だ」
   という見方もあれば、


   「国家公務員は現役のときに知った秘密については、
   退職後も漏らしてはいけない義務を負う。
   この原則が崩れると国家の秩序が成り立たなくなる。
   したがって、前次官の行為は、
   内容に踏み込む前に、形式的観点から、
   国家公務員の守秘義務批判であると厳しく批判するとともに
   法的責任を取らせよう」
   というふうに考える人もいるだろう。


   あるいは、二つの命題を関連づけて、
   「前次官に対するスキャンダルが一部の新聞にリークされたのは、
   この人が時の政権の権力基盤を揺るがすような
   爆弾発言をする予定であるとの確度の高い情報が入ったために、
   首相官邸が信用失墜工作を展開したからか」
   というトピックを設定することもできる。


論文の書き方 (講談社学術文庫)

論文の書き方 (講談社学術文庫)


なるほど、こういうカタチで
事件に対する複数の見方を展開し、
暗示的に自分の意見を表明することもできるのか。
大変勉強になった。
論文の書き方を学ぶと同時に
インテリジェンスの技法を使って思考する
絶好のケーススタディになった。


(文中敬称略)