善き人ほど沈黙してはいけない(D・E・リップシュタット)


スクラップブックから。
朝日新聞2017年11月28日朝刊
インタビュー「フェイクとどう闘うか」
歴史学者 デボラ・E・リップシュタットさん



   ホロコーストユダヤ人虐殺)否定者と
   法廷で闘った回顧録を映画化した
   「否定と肯定」の日本公開を機会に来日した、
   米国の歴史学者デボラ・E・リップシュタットさんに聞いた。



     —著書で批判したホロコースト否定者の一人、
     英国の歴史著述家デイビッド・アービング氏に
     96年に名誉毀損(きそん)で訴えられました。


   「『相手にするな』と学者仲間からは言われましたが、
   英国の法律では被告である私に立証責任があります。
   もし闘わなければ、私は負け、
   彼は『名誉毀損が成立した。私は否定者ではない。私が正しい』
   と言うでしょう。
   これを黙認したら、
   ホロコースト生存者やその子孫に顔向けできません。
   歴史学者として失格です」


ホロコーストの真実〈上〉大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ (ノンフィクションブックス)

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   「裁判費用は200万ドル(約2億3千万円)かかりました。
   弁護団に恵まれ、多くの人が支援してくれましたが、
   600万人が虐殺されたホロコーストの実在をめぐる、
   あまりに重大なことを争うもので、怖くて眠れませんでした。
   訴えられて約3年かけて準備、
   法廷は2000年1月11日から32日間開かれ、
   4月に全面勝訴の判決が出ました。
   (略)



   「いま、歴史家はとても重大な責任を負っています。
   未来のことは予言できませんが、
   危険信号に引きつける役割を果たすべきです。
   私自身は将来を照らす灯台のような存在になりたいです。


   たとえば、トランプ大統領は批判的なことを伝える報道に対して
   『フェイクニュース』『ライイング(ウソをつく)』と言います。
   『ライイングプレス』というのは、ヒトラーが使った言葉です。
   私は大統領がヒトラーと同じだと言っているのではありません。
   でも、同じ言葉を使っていることは指摘したい。
   それを示すのも歴史家の役割だと思います」


     —ホロコースト否定者の発言を
     法的に規制するべきだとの意見もあります。


   「その意見には反対です。私は言論の自由を信じています。
   自由によって扇動することは間違っていますし、
   街角で黒人を殴ることは許されません。
   ですが、言論の自由はとても大切です。
   何を言っていいか、いけないかを政治家が決めるのは
   絶対に違います」
   (略)


   「いまは非常に多くの政治的リーダーがでっち上げをして、
   まるで真実のように言い募る時代です。
   我々は、国の中で一番偉い人にでも、世界一偉い人にでも、
   『証拠を示せ』『事実を示せ』と言い続けることが大切です。
   私たちにできることは、根拠を要求すること。
   いまは善き人ほど沈黙してはいけない時代だと思います」


   「私たちは、何でも議論の余地があると習いました。
   しかし、それは間違いです。
   世の中には紛れもない事実があります。
   地球は平らではありませんし、プレスリーも生きていないのです。
   ウソと事実を同列に扱ってはいけません。
   報道機関も、なんでも両論併記をすればいいということでは
   ありません」
               (聞き手 編集委員・大久保真紀)


読み応えのあるインタビュー記事だ。
歴史学者リップシュタットのような灯台を持てる
アメリカ言論界の層の厚さ、骨太さを感じた。


否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)

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(TOHOシネマズ シャンテ他で上映中)
wikipedia:en:Deborah E. Lipstadt