41年後の「私は風」(カルメン・マキ&OZ)


12月に入りました。
今週もMの湯・コインランドリーに出掛けます。
同居人は副会長らと月一度、
東京コピーライターズストリートの収録です。



本日の大王食堂夜食小弁当。
胡麻ごはん。焼紅鮭。ほうれん草とブロッコリーおかか和え。
ロースハム(粒辛子添え)。昆布と山椒の佃煮。



(1978年「夜のヒットスタジオ」バージョン)

(2017年バージョン)


今年、41年ぶりの一夜限り復活コンサートで話題になった
カルメン・マキ&OZ。
代表曲「私は風」のさまざまなバージョンをYouTubeで見比べる。
(映像をアップしてくれたみなさん、ありがとう!)
若い時の声量豊かなボーカルはもちろんいいけれど、
少しふくよかになられた今の歌唱も味わい深い。



(1994年中森明菜バージョン)

(1996年五人官女バージョン)


中森明菜、五人官女のカバー・バージョンもよかった。
時を超える名曲なんだな。



カルメン・マキ&OZ+2

カルメン・マキ&OZ+2

(「私の風」が収録されたファースト・アルバム)


付記(朝日新聞2018年10月29日夕刊):


   評 カルメン・マキ&OZ
   41年ぶり 鋭さ増し繊細さも


   カルメン・マキ&OZ、41年ぶりの再結成。
   チケットはほぼ瞬時に売り切れ、プラチナペーパーと化した
   (7日、川崎・クラブチッタ)。


   1969年に「時には母のない子のように」でデビューし、
   フォークソングの女王と呼ばれたカルメン・マキがロックに転向。
   72年に結成されたカルメン・マキ&OZは、
   重厚で音圧のある独特のサウンドと、
   マキのシャウト・ボーカルで、日本のロックの先駆者となった。
   4枚のアルバムを残して77年に解散したが、
   心象風景の伝わる歌詞と印象的な楽曲で破格の存在だった。
   (略)


   マキは8月に肋骨(ろっこつ)を4本折り、
   傷が癒えないままステージに立ったが、
   まったくそんなことを感じさせない素晴らしい声量。
   最近はアコースティックユニットでのライブや朗読などの活動をしており、
   かつてのシャウトに加えて、
   細かい感情もストレートに伝わってくる繊細なボーカルも披露した。
   (略)
                      (大野祥之・音楽評論家)



付記2:


1997年、京都大学西部講堂で催された「一夜伝説」
一夜だけ復活したことがあった(「飛龍のロック雑記帳」より)。
マキも2017年バージョンのMCで語っている。
同サイトで飛龍が


   「閉ざされた町」等で相変わらずマキは
   音を外しまくっていましたが、


と書いていたのには思わず笑みがこぼれた。
確かに音程が不安定な時があるんだよなぁ。
表現力がすべてをカバーしてるんだけど。