おもてなしの経営学とEMBA



アスキー新書がおもしろい。
中島聡「おもてなしの経営学 
アップルがソニーを越えた理由」を読んだ。
中島が自身のブログ"Life is beautiful"で、
「どうもUser Experienceに当たる、
 うまい日本語が思い当たらない」
と書いたところ、
中島のリアル世界の友人でもあるNaotakeさんが


  User Experienceは「おもてなし」だと思っています。(p.17)


とコメントしたのが書名の由来だ。
「おもてなし」は2007年末には
現代用語の基礎知識2008」(自由国民社)で
ユーザー・エクスペリエンスの日本語訳として採用された。


iPhoneがなぜウケるか。
スターバックス、ディズニーランドになぜ人が集まるか。
その秘密を中島はキーワード「おもてなし」で読み解いていく。
数値化されていない要素が
人間の感情を動かし、人間の行動を促す。
「おもてなし」の経営ができない会社は生き延びられない
というのが中島の仮説である。


中島はエンジニアの世界では知られた人で
1989年から2000年まで
ビル・ゲイツの元、マイクロソフトで仕事をしてきた。
2007年9月からは仕事のかたわら
シアトルにあるワシントン大学ビジネススクールに通っている。
EMBA(Executive MBA)と呼ばれる、
最低でも15年の実務経験を摘んだ社会人のためのコースである。
(僕が通ったベルリンスクール・オブ・クリエーティブ・リーダーシップは
EMBAの新種である)


中島は「あとがき」にこう書いている。


 いずれにしろ、「グーグルによるYouTubeの買収」や
 「アップルが社名からコンピューターを外したこと」といった、
 目に見える個々の事象の間を補完して
 「大きな流れ」を自分なりに目に見えるかたちにして理解する能力は、
 これからの時代を生き抜くにはとても大切だと私は思う。(p.271)


EMBAコースが万能なわけは無論ないが、
こうした理解能力を養うためのカリキュラムが
ぎっしり詰まっていることは事実だ。
クラスメート、教授やレクチャラーに恵まれれば
「大きな流れ」を自分なりに目に見えるかたちにして
理解することを助けてくれる。


海部美知の「パラダイス鎖国」といい、
中島聡の「おもてなしの経営学」といい、
ブログがきっかけとなって誕生した新書であることがおもしろい。
伴走した編集者の目のつけどころもよかったのだろう。
こうした著作の影響力を考えると
活字文化が衰退したと決めつけるのは早計であろう。
Web2.0が可能にしたコミュニケーションの広がり、深さ、スピードが
こうした著書を生み、活字として発表された後も
著者のブログを通じて議論を続け深めることが可能になる。
要はそもそものアイデアの独創性がどれだけあるかが勝負なのだ。
個が発信したアイデアが、集団のクリエティビティによって磨かれていく
プロセスそのものが僕にはおもしろい。


中島聡 Life is beautiful
http://satoshi.blogs.com/


パラダイス鎖国」「おもてなしの経営学」の二冊はともに
梅田望夫ウェブブック
「生きるための水が湧くような思考」(2008)で知った。
ウェブブックでかきたてられた知的好奇心が
リアルブックを手にするきっかけになった。


梅田はこのウェブブックで
自らの原稿は無料で読むことができるように提供しているが、
自分が対談したり、「あとがき」を書いた他人の著作は
ウェブにはアップロードせずリアルブックの紹介にとどめている。
もちろん、「大人の流儀」である。
ウェブブックの読者としては、
自分の知の関心がリンクしていく機会を手に入れることになる。


(文中敬称略)