台湾料理店の賄い晩ご飯




踏切りの向こうで商売をしている台湾料理店F楼は
秘湯会ご用達の店の一軒である。
台湾人ご夫妻が経営していて
家常菜を中心にうまい料理を安価に食べさせてくれる。



例えば自家製の肉味噌を香菜にのせたような、
一見なんのてらいもないつまみ(写真上)が後を引く。
この肉味噌をザーサイ、チンゲン菜、
半分に切った煮玉子(八角が効いている)と
一緒にのせたご飯(写真下)はしめの一品にもってこいなのだ。



  (名物肉味噌かけご飯。
   この日はテイクアウトにしてもらう)


F楼は早い時間に客が来て、さっさと食べては帰っていく。
10年物の陳年紹興酒を注文し、
好みの料理でのんびり楽しむ秘湯会とはどうもテンポが違う。
夜8時を過ぎる頃になると、
僕たち以外にはせいぜい一組の客しか残っていない。
そのタイミングを見計らって、
夫妻と従業員の賄い晩ご飯が始まる。



  (不思議なことに紹興酒のチェイサーには
   冷たいウーロン茶が合う)


メニューに載せていない料理が何品か大鉢や大皿で並び、
働く人たちの食事になる。
僕は隣りのテーブルからときどき内容を確かめる。
こうした光景は日本人が経営する飲食店ではめったに見かけない。
就業時間中に賄いご飯を食べるにせよ、
客の目を逃れて奥で食べるのが普通だろう。


僕は台湾のみなさんの、食に対する熱心さの表現であるように思う。
仕事中のご飯だからこそ、いい加減にすませるのでなく、
スピーディに、かつおいしく食べることを譲ってはいけない。
客の注文があれば、すばやく席を立って動くのだから
誰が迷惑をこうむるわけでもない。合理的である。



  (賄いご飯でなく、秘湯会が注文した皮蛋豆腐です)


会社での昼食、夕食に、
なんとも貧しい食事をデスクで食べている部下たちを見ると、
「いつもいつもそれじゃあ、いい仕事なんかできないぜ」
と内心思う。
まともな食事ができるくらいの給料はみんな取っているのに
どうして自分の命を養うことに気を使わないんだろう。不思議だ。


食をおろそかにしているようでは、
サービス業である僕たちの仕事で気働きができるはずがない、
というのが長年の経験からできあがった僕の信念である。
それは、不必要にぜいたくな食事や、
忙しい折りにダラダラ食べる食事を指して
言っているのではない。



  (ハエタロウは元飼い猫であったらしく、
   日々の食事にもなかなかうるさい)


F楼に働くみなさんの賄い晩ご飯を見るたびに
「自分たちが食べることにいい加減じゃ、
 客にうまくて安いものなんか食わせられないよな」
と声には出さず同感している。