デジタルノート版・極私的ベスト2010(その1)


[書籍篇]


本は10冊に絞り込むのに苦労しました。
今年は初めて順位をつけてみました。
どの本が自分の身になるかは人それぞれと了解しておりますから、
順位づけは年末の座興でございます。


1. 小西甚一「発生から現代まで 俳句の世界」
 (1952/講談社学術文庫1995)


俳句の世界 (講談社学術文庫)

俳句の世界 (講談社学術文庫)


俳句の発生から現代まで、
まさか文庫一冊で解説しきれる学者がいるとはついぞ知らなかった。
僕はすっかり小西のファンになり、
『日本文学史』『古文の読解』も合わせて読了。
小西の単著である幻の古語辞典を読みたくて、
ゴールデンウィークには自転車ではるばる4、5時間かけて図書館を訪ねた。
小西はスタンフォード大学でも教えた、日本が誇る碩学


2. 宮部みゆき『あんじゅう 三島屋変調百物語事続(ことのつづき)』
(2010/「読売新聞」初出)


あんじゅう―三島屋変調百物語事続

あんじゅう―三島屋変調百物語事続


とにかく面白い。ホッとする。
およそ小説に僕が求めるものがここにある。
宮部の作品を読むのは久しぶりだったが、
物語の舞台設定から装幀・イラストレーション(南伸坊)まで楽しめる。


3. 守屋武昌『「普天間」交渉秘録』(新潮社)(2010)


「普天間」交渉秘録

「普天間」交渉秘録


沖縄の基地問題がなぜ解決しないか。
被害者であることが前提の沖縄の、
交渉におけるしたたかさはなぜかほとんど報道されない。
守屋はこの書を発表してまもなく
最高裁への上告を断念し現在収監中。
過剰な接待を受けたことは確かに非難されても仕方ないが、
だからと言って守屋のなしえたこと、洞察をすべて無視するのはおかしい。
メディアが報道しない事実について、新潮社が出版文化の意地を見せた書。
今年のドキュメンタリー作品の白眉。


4. ジョージ・オーウェル1984年』
 (高橋和久新訳/トマス・ピンチョン解説)(2009)


一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)


イギリス人が読んだふりをする本第一位に選ばれている。
僕もようやく新訳で読んだ。
中盤から後半にかけて、なんとも恐ろしい思考統制の世界が描かれるが、
ふと気づくと、僕たちが生きる現実世界が
どんどん『1984年』に近づいている気がして背筋が寒くなる。
この本を読んだ後で、アップルの名作CM「1984」を見直してみるとよい。



5. 堤未果「ルポ 貧困大国アメリカII」(2010)


ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)


オバマ大統領が就任して、
アメリカも世界もいい方向に向かっていると信じたいのだが、
現実はそう簡単には変化できないようだ。
軍事、教育、医療、刑務所。
あらゆる領域で利益と効率を求める
アメリカ資本主義の徹底ぶりはすさまじい。
しかし、堤がひとりでルポルタージュしている内容が
なぜ日本の他のジャーナリズムにできないのか。
実態を知っているのに、あえて書かないのか。


6. 村上春樹アンダーグラウンド』(1997)


アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)


1Q84』の根っこともなっている
村上のドキュメンタリー作品を初めて読んでみた。
アメリカのジャーナリスト・スタッズ・ターケルの手法などを参考に、
村上は地下鉄サリン事件の被害者、関係者に丁寧にインタビューしていく。
確かに起きたはずの事実がメディアや記憶によって
ゆがんだり、ねじれたりしていく様はまるで藪の中だ。
オウム真理教の犯罪を風化させないための貴重な記録。


7. ジョン・ダワー『増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人』
(上)(下)(三浦陽一・高杉忠明訳)(岩波書店)(2004)


敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人


日本の市井の人々は「敗戦」をどう受けとめたか。
大所高所からの物言いでなく、
ジョン・ダワーは根気よく庶民の記録を集め、
このドキュメンタリーにまとめる。
僕たちの親の世代、さらに上の世代が「敗戦」から何を得てきたのか。
日本人には書けなかった歴史書ピュリッツァー賞受賞作。


8. さとなお『うまひゃひゃさぬきうどん』(コスモの本)(1998)


うまひゃひゃさぬきうどん

うまひゃひゃさぬきうどん


自分の常識や考えが変わるのが読書の愉しみのひとつ。
この本で僕はさぬきうどんについての自分の考えが
まったく変わってしまった。
さとなおが推薦する麺通団の著書もすべて揃えた。
秘湯会のさぬきツアーをいつか実現したいと
虎視眈々機会をうかがっている。
それもこれもこの本との出会いから始まったのだ。


9. スタッズ・ターケルスタッズ・ターケル自伝』
(金原端人・築地誠子・野沢佳織訳)(2010)


スタッズ・ターケル自伝

スタッズ・ターケル自伝


村上春樹アンダーグラウンド』のあとがきで彼の名があり、
業界紙の書評でも紹介があり購入を決めた。
ドキュメンタリーの手法を開拓することで知られる著者だが、
スタッズ・ターケルの生きた時代はアメリカのメディア史でもあった。
アメリカの持つ顔はさまざまだが、
なにか新しいものを生み出すエネルギー、ダイナミズムについては
僕は魅力に思う。


10. 津田大介Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流」
  (2009)


Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)


Twitterのハウツー本が溢れる中で、
梅田望夫『メディア進化論』をアップデートしたのが功績。
僕も梅田の津田への愛情あふれる書評がきっかけで読むことにした。
アカウントだけ取っていたTwitter
ちゃんと使い始めたのも本書の影響だ。
梅田が指摘したキーワード「社会」と「リアルタイム」が
Twitterの本質であることがよく理解できた。


次点=ジャレド・ダイアモンド
  『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』(上)(下)
  (倉骨彰訳)(草思社)(2000)


銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎


13,000年に及ぶ人類史を3つのキーワード
「銃」「病原菌」「鉄」で読み解いた。
なぜヨーロッパの文明がそれ以外の大陸の文明を凌駕できたか。
その偶然と必然をジャレド・ダイアモンドは丁寧に解きほぐしてゆく。
筆者の俯瞰的な視点には目を開かされた。
朝日新聞が企画した00年代の書籍ベスト50の第一位に輝いた書。
10年に一冊の歴史書なのだ。



番外=土屋耕一/土屋郁子『土屋耕一の武玉川(ムタマガワ)』
  (私家版)(2010)



コピーライターの神様、土屋耕一が最期に残した本。
江戸期に流行った武玉川(ムタマガワ)は
五七五の俳句、川柳、五七五七七の短歌に対して、七七で詠む。
不思議な味わいのある日本語形式に
最晩年の土屋がなぜ取り憑かれたかは分からないが、
言葉が最期まで土屋の道具であり、表現であったことはよく分かる。
私家版として土屋の逝去後、遺族と友人の手で出版。



(文中敬称略)