鶴見俊輔『思い出袋』(2010)


名前も知っているし、原稿を読んだこともある。
けれども、自分にとっての読み時があると言うのか、
突然、その人の文章が身体に沁み込んでくる感覚がある。
鶴見俊輔『思い出袋』を読む。
岩波の雑誌「図書」に著者80歳の時から
7年かけた連載をまとめた新書である。


思い出袋 (岩波新書)

思い出袋 (岩波新書)


鶴見はハーヴァードの哲学科に学び、
戦時中はシンガポールインドネシアで短波放送の解読や
幹部向けの新聞づくりなどの任務を果たした。
後に鶴見がベ平連の活動として良心的兵役拒否の米兵を助けたことは
幼少から大学時代、そして戦時中の体験に連続した行動であった。


僕が鶴見に共感するのは、
国家から意識の距離を置き、国家の過ちも見逃さないことと
それでも国家に属することを受け入れる個人を貫く生き方だ。
本書はそうした鶴見の考え方、生き方が平易な文章で書かれている。
難しいことを平易に書くのが真の知性である。
自分の中に生きる不良の自分に水を枯らさぬようにすると断言する80代。
鶴見の全著作と時間をかけて対話したいと僕は思った。



   (「あわあわ」と呼ばれる小左衛門超活性にごり)


昨日は若手同僚の結婚パーティに出席した後、
電車を乗り継ぎ、西太子堂の会員制角打ちKに寄り道した。
うまい酒と簡素なつまみで鶴見の著作と対話してみたかった。
Kの親父が自身のブログで愛を込めて綴る
名酒「小左衛門超活性にごり」は季節ものだけに
店にあるうちに味わっておきたい。
親父や常連らしき客が「あわあわ」と呼ぶのがこの酒だ。



家族経営のこの店で「チーズ盛り合わせ」を注文すると、
忘れかけた頃合いにおばあちゃんが運んできてくれる。
わずか300円のつまみと侮るなかれ。
4種のチーズ(ブリー、ほうれん草、トマト、クリーム)
と軽く焼いたプレーン・ラスク3枚が小皿に並ぶ。
これが日本酒に実に合う。
親父の日頃の研究成果の一端を披露するつまみなのだ。


テーブル代わりの酒樽に酒とつまみを並べ、頁を繰る。
いい感じに酒が回り始めて、
鶴見の言葉がするりするりと身体に入ってくる。
にごりは気づくと腰を取られるから用心が要る。
が、この「あわあわ」、もう一合だけ飲んで帰りたい。
家までちゃんと帰れるかな?



   wikipedia:鶴見俊輔


(文中敬称略)