佐々木俊尚『キュレーションの時代』 (2011)


佐々木俊尚『キュレーションの時代
ー「つながり」の情報革命が始まる』(2011) を読む。
いまどきのテーマを安直に書き散らした
粗製濫造の新書群とは一線を画す内容である。
参考文献・コンテンツリストの充実ぶりを確かめるだけで
佐々木がどれほどの準備をして本書を書いたか想像できる。



   キュレーション [curation]
   無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて
   情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、
   そして多くの人と共有すること。


これが、佐々木のキュレーションの定義である。
本書のもうひとつのキーワードがビオトープ
以下、引用する。


   この「情報を求める人が存在している場所」を、
   本書ではビオトープと呼ぶことにしましょう。

       (中略)

   ギリシャ語でビオ(bio)は生命、トープ(tope)は場所を意味し、
   この二つを合わせて「有機的に結びついた、いくつかの種の生物で
   構成された生物群の生息空間」というように定義されています。


       (中略)


   それはまるで、郊外の空き地や雑木林の中や、
   あるいは田んぼのあぜ道のあたりにひっそりと形成され、
   そこに小エビやザリガニやトンボやアメンボが集まってきて、
   ちいさな生態系をつくっているようなイメージ、
   だからビオトープという言葉がもっとも的確に、
   そうした情報圏域をイメージできるのではないかと思います。

        
                 (pp.042-043から引用)


ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)


人類にとって20世紀終盤から今世紀にかけて
生まれつつある情報空間と人間の営みを
あくまで肯定的にとらえるのが佐々木の特長である。
その肯定感覚は『ウェブ進化論』の梅田望夫や、
グーグルのEric Schmidtに通じる。


佐々木はブラジル音楽から
イスラム美術、モンゴル帝国まで事例を駆使し
それこそ縦横無尽にキュレーターとしての腕を見せている。
小さな不満が残るとすれば、
点と点を結び結論にと佐々木が読者を運ぶとき、
本書で取り上げていない別の点の存在が気になることだ。
そうした点を結べば、
佐々木が描く世界とは異なる世界像が結ばれるように僕には思える。
佐々木の筆致があまりに軽快であることに対する
本能的な警戒心が働いたかもしれない。



しかし、いずれにせよ、
佐々木のこの「肯定感覚」こそ時代をドライブする鍵である。
インターネットや情報革命にシニカルな目を向けるか、
迎合して過大評価する記事が氾濫する現代には清涼剤になりうる。
ビオトープがつながり小宇宙を形成し、
その小宇宙を案内してくれるキュレーターが
世界中に分散しながら存在するイメージは
一篇の詩のように美しい。


(文中敬称略)