<狐>の書評がどんなものであるか、さわりをお聞かせしたい。
書き出しはこうである。
作家の故武田泰淳の映画エッセーに、
映画館で「シナまんじゅう」を食べる話が出てくる。
ふかしたてのまんじゅうは、
厚い白い皮の内部に熱い肉汁がたまっていて、
それをすするようにして食べる(『私の映画鑑賞法』潮出版社)。
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武田泰淳の著作を紹介しようというのではない。
書き出しを<狐>はこう受ける。
(中略)
武田泰淳の「シナまんじゅう」に匹敵(?)するのが、
田中小実昌の「シャケ弁当」で、これも本当においしそうだ。
続いてこうくる。
(中略)
毎日、自転車にまたがり、弁当を買っては映画館から映画館へ。
ときには飛行機でダブリン、シドニー、ワイキキの映画館へも。
そうか。
田中小実昌はこんなに自由自律の精神を持っていた作家なのか。
そのシンボルがシャケ弁当であり、自転車であり、映画館だったのか
と気づく。
(中略)
毛糸のキャップをかぶり、シャケ弁当をもって、
「外部からではなくて内部から、かるくならなくちゃいけない」
重要な一行は自分の思い込みではなく引用に任せる。
書評家はあくまで作品を紹介するシェルパであり、
登山するのは作者と読者であることをつつましくわきまえる。
もちろんその登山道はかつて<狐>が自ら登り、
書評を書くために再度登ったに違いない道なのだ。
ここで筆を止めても書評の出来として決して悪くない、と僕は思う。
けれどラストに意外性のある文章がやってくる。
本書は、やはり寝そべって、
怠惰にあくまで怠惰にゆるゆると読みたい。
ときとして、あの小津安二郎「東京物語」の「無神経」さを
鋭く突く箇所などに、ガバとはね起きるにしても。
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田中小実昌は
小津の「東京物語」についてなんと書いているのか。
どの箇所を「無神経」と言っているのか。
ここで<狐>の書評が終わっている以上、
後を確かめるかどうかは読者に委ねられる。
田中小実昌の本を読んだら、
田中の意見に賛成するか反対するか保留するか、
「東京物語」をもう一度観たくなるに決まっている。
書評家の、寸止めの美学を垣間見る。
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この回で<狐>が紹介した本は
田中小実昌『ぼくのシネマ・グラフィティ』(新潮文庫)。
<狐>が書いたキャッチフレーズは、
シャケ弁当は漂泊のココロである
ここまで読んで読者は、武田泰淳が映画館で食べた
シナまんじゅうの冒頭の伏線にハッとし、ニヤリとする。
全文でわずか800字。
プロフェッショナルを自任する書き手なら
<狐>の筆力を知りヒヤリとするに違いない。
(文中敬称略)
(本文はp.70-71より引用)
- 作者: 武田泰淳
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