村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013)


ベストセラーにも自分の読み頃というものがあるようだ。
僕にとってはいまがタイミングだった。
村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
文藝春秋、2013)を読む。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


人間の精神は案外簡単なことで壊れてしまうものだ。
高校時代の親友4人から理由も告げられず絶交を言い渡される。
友だちの少ない多崎にとってはどれだけキツいことだっただろう。
東京での大学時代に珍しくウマがあった灰田も
つくるに何も告げずに休学し秋田に帰ってしまう。


読んでいて救いだったのは親友3人
(シロは自宅で殺され、犯人はいまだに不明)と再会し、
絶交の理由を確かめる巡礼の旅が悪いものでなかったことだ。
クロ(エリ)に会うためにつくるが有給休暇を取って
フィンランド・ハメーンリンナ近郊の町まで行くシーンが心に残った。


物語はこんなふうに終わる。


   「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」、
   それがつくるがフィンランドの湖の畔で、
   エリに別れ際に伝えるべきこと—でもそのときには
   言葉にできなかったことだった。


   「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、
   何かを強く信じることのできる自分を持っていた。
   そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」
   彼は心を静め、目を閉じて眠りについた。


   意識の最後尾の明かりが、
   遠ざかっていく最終の特急列車のように、
   徐々にスピードを増しながら小さくなり、
   夜の奥に吸い込まれて消えた。
   あとには白樺の木立を抜ける風の音だけが残った。
                        (p.370)


僕自身は最後の5行の、
感情を過度に込めない情景描写が気に入っている。
つくるは明日会うことになっている沙羅に
受け入れてもらえるのか。


殺されたシロは名字を略してユズと呼ばれていた。
最新長編『騎士団長殺し』で
主人公がよりを戻す女性の名も確かユズだったっけ。
村上春樹が偶然同じ名を付けることはないんだろうな。