「流動分子」によって世界の文化交流は起きる(多和田葉子)

クリッピングから
讀賣新聞2020年6月2日朝刊
多和田葉子さん新刊『星に仄めかされて』
異端の越境者 つながり模索


小説『百年の散歩』が深く印象に残っている
多和田葉子さんのインタビューがビデオ会議システムを通じて届いた。
讀賣文化部・待田記者のタイムリーな記事だ。


  ドイツのベルリンに暮らす作家の多和田葉子さん(60)が、
  長編『星に仄(ほの)めかされて』(講談社)を刊行した。
  言語や国境を越え、旅を続ける若者たちの群像を描く
  『地球にちりばめられて』の続編だ。
  地球という星にともに暮らす人々の柔らかなつながりやあり方を模索した。
                         (文化部 待田晋哉)


  「この旅をする若者たちはまだ家族も、定職もない。
  モラトリアムのような存在です。
  社会の経済を支える柱ではないけど、
  彼らのような『流動分子』によって世界の文化交流は起きる」


  ヨーロッパ留学中に故郷の島国が消滅した女性のHirukoは、
  生き延びるためスカンディナビアの人にはほぼ通ずる
  自分独自の言語を編み出した。
  その言語を話して暮らすうち、
  自分の母語を久しぶりに話したいと感じ始める。
  同じ母語の語り手を探す彼女の旅に、
  デンマーク出身の言語学者の卵や
  「性の引っ越し」を試みるインド人留学生など、様々な若者が関わる。
  (略)


  「国や文化の境界は簡単に変えられない。
  日本で働く人が気軽にフランスで就職はできない。
  だからこそ境界を越える者の共同体のようなものを書きたかった。
  若くないけれど、国から国への移動が多い私も一種の流動分子。
  精神的なものを彼らに託していると思う」
  (略)


  「小説を書く最中は言葉がわくものだけど、
  書き始める前には言葉にならない。
  沈黙が自分の内にある。
  物語としても、彼(引用者注:Hirukoが出会った同じ母語の語り手の男性)が
  黙ることにより謎が生まれ、話に引きつける力が生まれる」
  (略)


  普段はシンポジウムや朗読会などで、
  国の境を越えて飛び回る生活を続ける。
  だが、世界的な新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で、
  3月上旬から5月にかけてベルリンの自宅で過ごす日々が続いた。
  「行事で中断されずに家で執筆や読書を続けるうち、
  元の自分が戻ってくるのを感じる。
  本来の私はもっと、すごく変なんです」


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2006年から08年まで
ベルリンスクール・オブ・クリエーティブ・リーダーシップ(EMBA)講中
ベルリンはしばしば訪れた。
サイズも、雰囲気も、文化も大好きな街のひとつだ。
そのベルリンをベースに日本語とドイツ語の両方で
意欲的な作品を発表し続ける多和田さんの存在は気になっている。
こうしてときどき近況を聞けるのが僕はうれしい。


星に仄めかされて

星に仄めかされて

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて

百年の散歩 (新潮文庫)

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