佐藤優評:勅使河原真衣『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、2022)

クリッピングから
毎日新聞2023年3月11日朝刊
「今週の本棚」佐藤優評(作家、元外務省主任分析官)
『「能力」の生きづらさをほぐす』勅使河原真衣著(どく社・2200円)



  2020年に勅使河原氏に転機が起きた。
  進行性の乳癌(にゅうがん)であることが明らかになった。
  ステージ4なので完治は難しい。


  勅使河原氏には8歳の息子と2歳の娘
  (本書では、順にダイとマル)がいる。
  本書は、2037年に天国から勅使河原氏が幽霊となって地上に現れ、
  23歳になった息子と17歳になった娘に話しかける
  という体裁をとっている。
  子どもが助言を必要とするときに、
  自分はもはやこの世にいないという寂しさが伝わってくる。
  勅使河原氏が専門とした人材開発に関するやりとりが興味深い。
  (略)


  マルは勅使河原氏がスピリチュアル整体師にはまり、
  かなり散財したことについてこう言って慰める。


  <やっぱ母さんが弱いから、だけが理由じゃないよ。
  ポイントは、医療という科学ではなく、
  非科学的なスピリチュアル整体師だけは
  「母さん」という個人をケアしてくれたこと。
  そのことこそが、母さんがそこまで心を奪われた
  一因なんじゃないかな?> 


  能力主義も医療も人間の心と向き合うことを
  疎(おろそ)かにしている。
  伝統的に僧侶、牧師、祈禱(きとう)師などが行っていた
  人間の心と向き合う姿勢を、
  21世紀の現代社会に合致した形態で取り戻す必要がある。