彼女が傍にいてくれるなら、怖いものなんてあるものか、なんとかなるさ(山田洋次)

クリッピングから
朝日新聞2023年12月9日朝刊別刷be
山田洋次「夢をつくる」24
彼女がいるだけで勇気が湧いた


  僕の青春時代は、
  食糧不足でおなかはいつも空(す)いていたけど、
  恋にもまるで飢えたように憧れていた気がします。
  僕も人並みに恋に苦しみ、
  ゲーテヘルマン・ヘッセを懸命に読んだりしていたが、
  ついに本命の人と結ばれる幸運に恵まれた。


  撮影所に入所して一年、
  自分はこの仕事に向いていないのではないかと悩んでいた頃だが、
  しかし辞めたところで次の就職口は簡単には見つからない。
  今のようなアルバイトの雇用形態がなかった時代、
  ある意味では働く人の権利が守られていたのかもしれないが、
  ともかくこの先をどうするか、どのように生きていけばいいのか、
  という不安を抱えていた時期だった。


  だが、恋が成就した時、何よりうれしかったのは
  「よし、大丈夫、俺は生きていける、
  彼女が傍(そば)にいてくれるなら、
  怖いものなんてあるものか、なんとかなるさ」
  という勇気がこんこんと湧いて来るような喜びを抱いたことで、
  恥ずかしい話だが、
  70年近くたった今でもそれは覚えている。


  1955年5月、
  神宮外苑の、今は壊されてしまった日本青年館で結婚式。
  お互いの友人が委員会を作って、
  会費250円で200人ほどが集まって賑(にぎ)やかに祝ってくれた。
  ビールを出し過ぎて予算がオーバーし、
  会の途中で出されたサンドイッチを回収して再販売するという
  変な結婚式でした。
  (略)


  まだ「戦後」と言ったあの頃、
  僕たちの国が貧しく若者がおなかを空かせていて、
  映画館がぎゅうぎゅう詰めの人気があったあの時代の青春が、
  なぜなつかしいのでしょうか。

                      (聞き手・林るみ)