人間と宇宙がこれ以上近づいてはならない


秘湯会を結成して8年目。
そもそも、「秘湯」という言葉を生み出したのは、
旧朝日旅行会会長だった岩本一二三だった。
「日本秘湯を守る会」を昭和50年に設立したのも岩本だ。
岩本のこんな文章が残されている。



    それはたしか昭和44~45年頃だったと思う。
    どんな山の中でもいい、静かになれるところで
    自分に人間を問いつめてみたいと思って杖をひいたのが
    奥鬼怒の渓谷の温泉宿だった。


    (中略)



    公害のない蓮華温泉の星空はきれいだった。
    人間と宇宙がこれ以上近づいてはならない
    限界のようにさえ思われたのである。
    細々と山小屋を守る老夫婦の姿には頭が下がった。
    人間としてのせいいっぱいのがんばりと生きがいが
    山の宿に光っていた。


    日本秘湯を守る会『日本の秘湯』(第16版: 2008)
    序文「秘湯をさがして 岩本一二三」より





『日本の秘湯』はガイドブックの域を越えて、
こうした岩本の初心が貫かれている小冊子である。


    秘湯を守る皆さんや、
    秘湯を訪ねられるお客さん方に、
    私たちが近代社会の中で失いかけていたものは…
    という問いを投げかけてみたい。
    これからの日本に大切なことは何か。
    それは、人間が共に考えながら、助け合いながら、
    築き上げ、守りぬく、ぬくもりのある人生の旅では
    ありますまいか。



岩本の序文はこう締め括られている。
世界最小の団体・秘湯会は春夏秋冬、山のいで湯を求め、
湯に抱かれ、湯と対話しながら、
先達である岩本の投げた問いを静かに受けとめてみたいと思う。



(文中敬称略)