中村明『日本語 語感の辞典』(2010)


辞書、辞典は読むものである。
この秋出版されたばかりの
中村明『日本語 語感の辞典』を読む。


日本語 語感の辞典

日本語 語感の辞典


この辞典が生まれるきっかけとなったのは
中村が司会を務めた大岡信谷川俊太郎辻邦生
1980年の座談会であった。
この会で「語感」に着目した中村は以来30年研究を続け
10,000語を収める『語感の辞典』を単著として出版した。
偉業である。


「医者」と「医師」。
「勝手」と「台所」と「キッチン」。
「ごはん」と「めし」と「ライス」。
どの言葉も意味は同じようでいて、語感は違う。
その語感に挑んだ日本初の辞典である。


センスある日本語表現のために―語感とは何か (中公新書)

センスある日本語表現のために―語感とは何か (中公新書)


中村は自著『センスある日本語表現のために 語感とは何か』(1994)
に触れた文章に続けて、こう書いている。


  その数百語の言及を足がかりとし、
  年古りていささか感度の鈍ったアンテナに
  それ以後ひっかかった約一万語を対象として
  本邦初の『語感の辞典』を編むこのたびの企画は、
  まさにドン・キホーテの第二弾というべきだろう。
  が、国語辞典が慎重である限り、
  こういう大胆で子供じみた叩き台でも誰かが示さなければ、
  <語感>の研究は一向に進展しない。


           (「あとがき」p.1179 より引用)



中村による語感の解説に加えて、
夏目漱石森鴎外から、村上春樹川上弘美小川洋子まで
近現代の日本文学作品の用例を多数引用。
小津の言葉に関する著作を持つ中村が
小津安二郎、野田高悟のシナリオから実例を引用しているのも嬉しい。


小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア

小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア


さらに、中村がこれまで直接取材してきた
井伏鱒二吉行淳之介ら作家の言語意識、表現感覚に関する生の声を
それぞれ該当する言葉の欄に収録している。
まさに至れり尽くせりのサービス精神であり、
この辞典が中村の集大成の仕事であることが分かるのだ。
パラパラ気ままに頁を繰っているうちに
原典の小説やシナリオの語感を味わいたくなってくる。



こうした企画を実現できたのは日本の出版文化の底力である。
中村とともにチームを組んだ
岩波書店田中正明、加瀬ゆかり、鈴木康之らの
チームとしての達成に拍手を贈りたい。
素晴らしい仕事である。


文章を書くことを仕事にしている人、
日本語を学ぶ学生や社会人のみなさんにお薦めできる一冊。
著者の中村明は国立国語研究所室長などを歴任し、
現在早稲田大学名誉教授、山梨英和大学教授。


(文中敬称略)